【2/4 番外編追加】一夜の恋じゃ終われない 〜冷徹ホテル王の甘い執着〜

「ゆ〜りかご〜」

 私が歌い始めると、彼が鼻をこすりつけながら、さらにキツく抱きしめてくる。

「ね〜んね〜こ、ね〜んね〜こ〜」

 リズムに合わせて彼の背中をトントンと叩いていると、はだけた胸元に生温かいものを感じた。

 ――あっ。

 この濡れた感触は、涙の雫に違いない。

 ――そうか、彼は泣きたかったのか。

 私はまだ彼のことをほとんど知らない。
 けれど33歳という若さでグループ企業を束ね、ホテル王などと呼ばれている彼には、私が知り得ない苦労やプレッシャーが山ほどあるのだろう。

 それが今ひとときだけでも解放されて、少しでも楽になることができたらいいな……と思う。


「ね〜んねこ、ね〜んねこ〜」

 背中を軽く叩き続けていると、徐々に彼の呼吸が穏やかになっていく。

 もうすぐ寝るかな? と思ったそのとき。

「……菜月、少し遅くなったけど……誕生日おめでとう」

 ――えっ!?

「臣海さん、どうしてそれを?」
「前に会ったとき、愚痴ってた……から……」

 そのまま彼の言葉が途切れ、かすかに寝息が聞こえだす。

「そうか、私の誕生日、覚えてくれていて……」

 胸がほんわりと温かくなり、言葉にならない感情があふれだす。
 気づけば私の頬にも涙が伝い、小刻みに唇を震わせていた。


 この気持ちはまだ愛じゃない。
 母性なのか感謝なのか同情なのかは自分でもわからないけれど……。


 ――うん、好きだな。

 私にしがみつき涙を流した臣海さんを、私の誕生日を覚えていてくれた彼のことを、『好き』だと思う。


 私は彼の柔らかい髪をゆっくり撫でて、鼻をすする。

「ね〜んねこ〜」

 今彼が見ている夢がしあわせなものだったらいいなと願いつつ、私は少し音程のズレた子守唄を、繰り返し繰り返し歌い続けていた。



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