想い出は珈琲の薫りとともに
「……企画は問題ありません」
今持っているのは、プリマヴェーラの最上階にあるバーとの企画。コーヒーを使ったカクテルの監修をアルテミスがすることになった。そして、その企画の責任者が私だ。
社長秘書という立場ではあるが、最近その業務の大半は安藤が担っている。私はどちらかと言えば社長の補佐の役割が多くなってきていた。
薫さんからは『副社長にならないか』などと言われているが、自分は表に出るような人間ではないし出るような立場でもない。そう思っていた。
「ま〜、井上さんに問題あるわけないか」
安藤は自席から立ち上がるとこちら側を向く応接ソファにドサッと腰掛ける。
「じゃ、なんか悩みごと?」
安藤らしい明るい調子で尋ねられ私は軽く息を吐いた。こう見えて、と言っては失礼なのだろうが、安藤はなかなかのやり手で機微に聡い男だ。
「今日、アルテミスに会長がお越しになっていました」
簡単にそう述べると安藤は少なからず驚いている。
「御大が? あの人、緑茶しか飲まないでしょ」
たしかに、薫さんも含めて私たちの間ではそういう認識だ。
「ええ。今回もコーヒーの類はお飲みにならなかったようです」
あとでスタッフに確認したが、会長が飲まれたのはミネラルウォーターだったらしい。
「いったい何のために来られたのか……」
溜め息とともにそう吐き出すと、安藤は珍しく険しい表情を見せた。
「じつはさ……」
「なんですか?」
安藤は立ち上がると私の元へ寄る。万が一でも周りの耳に入らないよう注意を払うように声のトーンを落とした。
「どうも親戚筋に、薫さんがシングルマザーに入れ込んでるって噂回ってるらしいよ」
もちろん安藤も、薫さんと亜夜さんのことは知っているし、協力は頼んである。そして、薫さんはこのことを公にはしていないが隠してもいない。そろそろそういう話が出だしてもおかしくはないのだ。
「そういう情報だけは本当に早いものですね」
呆れたように私が口にすると安藤は続けた。
今持っているのは、プリマヴェーラの最上階にあるバーとの企画。コーヒーを使ったカクテルの監修をアルテミスがすることになった。そして、その企画の責任者が私だ。
社長秘書という立場ではあるが、最近その業務の大半は安藤が担っている。私はどちらかと言えば社長の補佐の役割が多くなってきていた。
薫さんからは『副社長にならないか』などと言われているが、自分は表に出るような人間ではないし出るような立場でもない。そう思っていた。
「ま〜、井上さんに問題あるわけないか」
安藤は自席から立ち上がるとこちら側を向く応接ソファにドサッと腰掛ける。
「じゃ、なんか悩みごと?」
安藤らしい明るい調子で尋ねられ私は軽く息を吐いた。こう見えて、と言っては失礼なのだろうが、安藤はなかなかのやり手で機微に聡い男だ。
「今日、アルテミスに会長がお越しになっていました」
簡単にそう述べると安藤は少なからず驚いている。
「御大が? あの人、緑茶しか飲まないでしょ」
たしかに、薫さんも含めて私たちの間ではそういう認識だ。
「ええ。今回もコーヒーの類はお飲みにならなかったようです」
あとでスタッフに確認したが、会長が飲まれたのはミネラルウォーターだったらしい。
「いったい何のために来られたのか……」
溜め息とともにそう吐き出すと、安藤は珍しく険しい表情を見せた。
「じつはさ……」
「なんですか?」
安藤は立ち上がると私の元へ寄る。万が一でも周りの耳に入らないよう注意を払うように声のトーンを落とした。
「どうも親戚筋に、薫さんがシングルマザーに入れ込んでるって噂回ってるらしいよ」
もちろん安藤も、薫さんと亜夜さんのことは知っているし、協力は頼んである。そして、薫さんはこのことを公にはしていないが隠してもいない。そろそろそういう話が出だしてもおかしくはないのだ。
「そういう情報だけは本当に早いものですね」
呆れたように私が口にすると安藤は続けた。