想い出は珈琲の薫りとともに
epilogo
「こんなものかな?」

 まだ真新しい白木が、東の窓から入る朝陽に照らされ眩しさを放つ店内。
 毎日使うマシンで最初の一杯を淹れると、それを試飲して呟いた。
 小さな小さな私の城、二年前の春に開店した【フェリーチェ】はイタリア語で幸福を意味する言葉だ。
 ずっと住み続けている住宅地の一画にひっそりある店だけど、ありがたいことに常連のお客様もできた。今日もどんな出会いがあるのだろうとワクワクしてしまう。

 カラン、とドアベルが鳴ると勢いよく扉が開く。まだ開店には早い午前八時。この時間にこんなふうに飛び込んでくる人物はただ一人だ。

「ママっー!」

 真っ直ぐに私の元へ走ってくると、風香は飛びついた。

「ふう。また一人で走ってきたの? パパは?」

「パパ歩くの遅いんだもん! 風香はもう二年生なんだから一人で走れるの!」

 腰に両手を当て自慢気に言っている。

「そうね。でも危ないから、今度は歩いてね」

 屈んで風香の顔を覗き込むと「はぁい……」としおらしい返事が返ってきた。

「さ、手を洗ってきて。お手伝いしてくれるんでしょう?」

「うん!」

 太陽のような明るい笑顔で元気よく返事をすると風香は踵を返す。それと同時にまたドアベルが鳴った。

「あ、パパ!」

「風香は足が早くなったね。簡単に追いつけないよ」
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