想い出は珈琲の薫りとともに
 お店の人からも柔かに挨拶が返り、私は様子を伺いながらバンコと呼ばれるカウンターに陣取る。もちろんエスプレッソマシンがよく見える位置に。

 マキアートを注文すると、私は早速バッグから小さなノートとペンを取り出した。私のマル秘ノートだ。ローマに来て、入った店のコーヒーのことは全て書き留めてある。スマホでもいいが、殴り書きでもアナログのほうが私には合っていた。

 そして私は、マシンに向かうバリスタに熱い視線を送る。と言っても後ろを向いているから、そこまで見られていることには気づかないと思いたい。

 マシンに向かうバリスタの流れるような動作を食い入るように見つめては、メモを取っていく。

 (あぁ、私も早くあんな風になりたい)

 あくまでも自然にエスプレッソを淹れている恰幅の良さそうなイタリア人男性にそんなことを思う。

 マシンから聞こえる独特の音を聞きながら、私はノートに視線を落とした。
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