冷徹弁護士、パパになる~別れたはずが、極上愛で娶られました~

 そして自宅アパートに戻ってくると、私は至さんに手紙を書いた。

 お母様の目に触れることがないよう、手紙のあて先は彼の自宅ではなく勤務先。妊娠のことには触れず、好きな人ができたので別れてほしいという内容にした。

 心を移した男性が実在の人物であると信じてもらうため、【相手は同僚の体育の先生】という巧妙な嘘まで付け足す。

 好きな人というのは嘘だが、職場に親しい男性の体育教師がいるのは本当なのだ。

 そして最後に、お母様の治療に役立てればと、私よりはるかに心理学に精通している恩師、鮎川先生の名と勤務先の病院を記した。

 結局私はなにもできなかったけれど、お母様にはきちんと治療を受けて心の健康を取り戻してほしい。それが、臨床心理士としての率直な思いだから。

【さようなら】

 最後に書いたその文字にぽたりと涙が落ちて、インクが滲む。慌てて上からティッシュを押しつけたけれどあまり変化はなく、書き直す気力もないのでそのまま封筒に入れた。

 封をした直後、封筒ごと手紙をびりびりに破いてしまいたい衝動に駆られたけれど、強く握りしめただけで思いとどまる。

 これは……必要な別れなの。私たちが幸せになるために、きっと。

 そんな思いとは裏腹にあふれる涙は止まらず、私は一晩中、至さんを思って泣き続けた。

< 56 / 223 >

この作品をシェア

pagetop