記憶喪失の妻は一途な夫(外科医)に溺愛される
「私が記憶をなくさなければ・・」
つぶやく私の言葉に彼は慌てたように体を離した。

「違う違う。そういう意味じゃない。桐乃が事故に遭って、桐乃の命も、赤ちゃんの命も危なかったから。こういう日常に戻れていることが俺はうれしいって話だよ。確かに桐乃は記憶がなくて大変だと思うけど。でも、言っただろ?生きていればなんだってできるんだって。そばにいてくれれば、また新しい思い出を作ればいい。俺は桐乃がもう一度俺を好きになってくれるように、努力する。」
まっすぐ私を見つめてくれる紫苑の視線に、私は言いかけた言葉をのみこんだ。

もう好きになりかけている・・・。

でも、彼との記憶がない私にはまだそう言えない。
記憶のある一緒の時間があまりにも短すぎるから・・・。

「ごめん、朝から。不安にさせて。」
そう言って私を抱きしめなおす紫苑。

私は彼の大きな背中に手をまわして抱きしめ返す。

口にできない言葉の代わりに。
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