政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。
 くすくすと笑う浅緋の声が聞こえて、見たこともない笑顔が槙野に向けられていた。

 ゆるふわのくせに……っ、だからっ!そういうところが無自覚なんだよっ。
 槙野は大きくため息をついて、つい浅緋の顔の方に手を伸ばす。

 その手が浅緋の後ろから伸びてきた手に抑えられた。

「そんなしつけの悪い犬は飼った覚えがないがな」
 地を這うような声と、大事そうに抱えた浅緋と俯いた顔から目だけがギラギラと槙野を睨み付けているその様子と。

 片倉の普段の余裕などかなぐり捨てたその様を見たら、槙野は何も言えなくなった。

 ただ、掴まれた腕がやたらと痛い。
「俺は飼われた覚えはない」
 槙野は軽くその手を振り払った。

「そんなに大事ならしまっておけ」
「出来るものならそうしている」

 嫌われたくはない。
 そういう事なのか。

「慎也さん」
 やはり、片倉を呼ぶ時の浅緋の声は甘い。
 それを片倉は知っているのだろうか。
「浅緋さん、お迎えに来ましたよ」
 その片倉の顔を見て、槙野は心の中で呟く。


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