政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。
 浅緋が顔を上げると、片倉はとてもつらそうな顔で浅緋を見ている。
「慎也さん……」

 片倉の端正なその顔が近づく。
 浅緋の唇に何かが重なった。

 何か……ではなくて、それは唇で、キスだったんだと気づいて、驚いた浅緋は俯いてしまう。

「すみません……もう、しません」

 片倉は浅緋の両肩に手を触れ、そっと離すと自室に入っていった。

 嫌ではなかったのに。
 でも、浅緋はどうしたらいいのか分からなくて、その背中を見ていることしかできなかったのである。

 そして、浅緋はパタン、と扉の閉まった音を聞いた。
 翌日、浅緋が起きた時には、片倉はもういなかったのだ。

 浅緋がこのマンションに引っ越してきてからは、いつも一緒に朝食を作っていた。

 こんなことは初めてだった。

「今日はお早めの出社なんですね」
 運転手の渡辺にそう言われて、片倉は苦笑した。

 昨日、急に連絡したにも関わらず、今日早く送迎に来てくれた渡辺だ。今までもそういう事はあったけれど、最近はあまりなかった。
< 55 / 263 >

この作品をシェア

pagetop