きみと見た空の色
 ふう、とため息をつき、彼はそこで本を閉じる。足音が迫ってくるのに気付いたからだ。
 またか、と頭をかかえたくなる。
(はく)ちゃーん!何読んでるの?」
 彼女が変わりなく飛びついてきて、自分に笑顔を向けるのを見て、またため息が出る。
「白ちゃん、放課後、お茶でもしてかない?」
 無邪気な彼女は大きな瞳を自分に向けてくる。彼は自分の鼓動の音が彼女に聞こえないように少し体をずらす。めまいがした。
「いつまでこんなこと、繰り返すつもりだ?」
 思わず呟いてしまう。
 これが、犯罪者に与えられた罰なのか?
 悔しくて、にぎったこぶしに力がこもる。
 いつまで、いつまで彼女にこの生活をさせる。
 一日一日を大切に生きていると笑う彼女に、こんなこと…

 聞こえてしまったのか、彼女の表情がくもったのがわかった。離れていくぬくもりに名残惜しさを感じる。でも、それでいいと思った。なにも返してあげられない自分のことなんて早く忘れてもっともっと笑ってくれればそれでいいと。
 だが、それは一瞬のこと。彼女はいつものようにすぐに新しい笑顔を作り直す。
 優しい子なんだ。自分の表情をちゃんと読みとって、それでいて近づいてきてくれる。だからこそ自分とは関わるべきではなかった。
 何か言いかけたようで、いつものように彼女は口を噤む。
 そして、彼に背を向け、図書室から出ていこうとする。
 いつもいつもいつも、その繰り返しだ。
 これからの行動だって、すべていやというほどわかっている。
 もう、何度目になるかわからないこの光景の繰り返し。
 まるで操り人形のように、彼女はいつも同じ行動をとり続ける。
 白ちゃん白ちゃんと、何も知らない純粋な瞳に自分を映して。
 彼女が出たら、自分も教室に戻ろう。
 何度繰り返したかわからない動作で、それでも立ち上がらないわけにもいかず、立ち上がった彼は、まだそこに彼女がいたことに気付く。
「永遠に続けるわ」
「え…」
 なぜ?と言いかけて、続く言葉に耳を疑った。
「白ちゃんの心にわたしの想いが通じるまで」
 いつもなら、ここで彼に背をむけたまま出ていくはずであろう彼女が、ふりかえってまた、彼に笑いかけていた。
「も、桃倉(ももくら)…」
「だから、早く私を好きになってね」
 きっと彼女なら、未来を変えることができる。一歩一歩、その足で。
 そう思ったら、不覚にも涙がでそうになって、白夜(はくや)は無意識に彼女を抱き寄せていた。

 信じようと思った。この希望を、また。


Fin...
< 11 / 11 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:31

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

表紙を見る 表紙を閉じる
これは、アニメ化も漫画化も挿絵を描くことさえもきっと不可能な物語。 これは、表現することができないであろう ある脇役(モブ)侍女の日々の記録。              ⚘⚘⚘ 物語の世界には、主役と脇役がいる。 現実世界でもそうだろう。 ほんの少しだけ魔力が使える侍女ノエルは、そんな脇役の特性を活かし、王宮のありとあらゆるネタを参考にして書き始めた物語が一躍ご令嬢たちの間で話題となっていることを知る。 昼間はシルヴィアーナ姫の侍女として働き、夜はペンを握る。 新月の夜にだけ現れる男、ロジオンの力を借りながら、ノエルは『レディ・カモミール』として物語の世界を紡いでいく。            ⚘⚘⚘ ※ レディ・カモミールの作品については『16話目』にあります。 ※ ネタバレになるので番外編は最後に読んでいただけると嬉しいです。 (番外編を随時追加しています)
表紙を見る 表紙を閉じる
『仕方がないのよ。だって、わたしはあなたの運命の人ではなかったのだから』       ⚘⚘⚘  いつの日かはわからない。  ずっとずっと先の未来の世界のお話で、そこに綴られた書籍の中で、ポリンピアに住むわたしたちの日常は『物語の世界』の中の一部なのだと知った。  人々に脅威をもたらす存在であった魔王が完全復活を遂げ、彼の操る魔物とともにネイデルマーク国、そして近隣の街を襲った。  わたしの住む街、ポリンピアはその物語の中で、一番最初に襲われる街だった。  絶望の最中、その街の勇者が立ち上がり、勇敢にもその脅威に立ち向かっていく。  だけど、物語の中に自分の姿がないことに気がついたとき、わたしは物語の中でも背景として機能する名前すらないいち『モブキャラ』であることを悟った。          ⚘⚘⚘  ポリンピアの街に住むアイリーンは幼馴染の少年・テオルドに恋する女の子。  だけどあるとき、禁断の森に迷い込んだアイリーンは熱を出し、三日三晩寝込むことになる。その夢の中で、別世界にいるという愛理(あいり)という存在が書物を通じて自分たちの世界を見ていたことを知る。その物語には、数年後に勇者となり、名を馳せたテオルドとそんな彼とともに旅をする現代からの転生者で巫女と呼ばれる少女の旅の様子が描かれていた。  その世界に自分がいないことを知ったアイリーンは、彼への長年の想いを断ち切るため、愛理の知識をも利用してありとあらゆる手段でひとり立ちすることを決意する。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop