買われた娘は主人のもの

あなたに告げる名前

 しばらくしてガチャリと音がし、テイルが約束通りやってきた。

「テイル様…!」

 テイルはフワリと笑うと、そのままエイミを強く抱きしめる。

 もしかしたらバラドは、テイルにも同じように忠告をしたかもしれない。
 自分は主人のために買われた。
 しかしテイルは、こうして自分に会いに来ては抱きしめて時間を過ごしてくれる。

 あの主人が知れば、テイルにどんな罰を与えるか知れなかった。

「…テイル様…御主人様に、知られては…」

 エイミは言いよどむ。

 最後まで言えば、テイルは二度と自分をこうしてはくれなくなるだろうと思った。

 しかしテイルは首を振る。

「…良い…もう、良いんだ…。お前との、この姿での最後の逢瀬だ…」

 抱きしめたままのテイルの表情はエイミからは見えない。
 しかし明らかに震えていた。

「…テイル様…?」

 エイミにはなんの事か分からない。
 テイルは何かに怯えているのだろうか?

「…今少しの間だけ…娘…」

 テイルは今の幸せに浸り始めたエイミの頭を、優しく撫で続けた。


「…お前の、名が知りたい…」

 願ってもないテイルからの突然の言葉にエイミは喜んだ。

「私、エイミです…テイル様…!!」

「…ずっと呼んでやらず、あのような扱いをして…悪かった…。きっともう、謝ることは出来なくなるだろう…名を、呼ばせてくれ…」

 テイルは辛そうな表情でエイミを見る。

「はい…!」

 エイミはこのことで、早くテイルが正体のよく分からない辛さから解放されればと思った。

「エイミ…!」

 自分を呼ぶテイルの声に、胸が熱くなる。
 初めて、好きな相手であるテイルから名を呼ばれたのだ。

「はい、テイル様…!」

 彼はもう一度名を呼ぶ。

「エイミ…」

「はい…!」

「エイミ…」

 もう一度…
 噛みしめるように、想いを込めるように…

「…ありがとうございます、テイル様…」

 エイミは胸がいっぱいになり涙を拭いながら礼を言った。
 しかしテイルはまた悲しげに呟く。

「エイミ…お前が私に名を教えたことを後悔しないよう、心から祈る…」

 テイルは振り返り、もう一度エイミを見て悲しげに微笑むと、部屋を出ていった。

 理由も分からぬまま胸を締め付けられた気がして泣き出すエイミを、迎えに来たコリーンは何も言わず悲しげに見つめていた。
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