僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』
 正門にたどり着いて一分も経たないうちに頼んだタクシーが来て、葵咲(きさき)ちゃんが正しかったな、と思った。

 ドアが開けられて、二人で後部シートに乗り込んだら、

「ここまでお願いします」
 葵咲ちゃんが、運転手さんにリーフレットを手渡した。それを見て、どこのだろう?と思ったけれど、角度的に内容までは見えなくて、葵咲ちゃんが何を計画してくれているのか、僕には全く分からなかった。でも、何だかワクワクしてしまう。
 葵咲ちゃんが僕のために何かを考えてくれて……それを実行に移そうとしてくれている。そう考えるだけで、嬉しくて自然顔がほころんだ。

理人(りひと)、顔、にやけてる」

 葵咲ちゃんに指摘されて、「だって、僕はキミといられるだけで幸せなんだから、仕方ないだろ?」と開き直った。

「バカ……」

 葵咲ちゃんが照れたようにそっぽを向くのがまた可愛くて、僕は横に座る彼女の手をギュッと握る。


「ね、葵咲、行きたいところがあったらさ、遠慮無く僕を呼んでくれていいんだからね?」

 彼女の手に、恋人繋ぎの要領で指を絡ませながら、思い出したようにつぶやく。

「え?」
 唐突に脈略のない話をされて、きょとんとする葵咲ちゃんへ、
「タクシー。携帯に登録してるみたいだったから……そんなに利用することあるのかな?と思って」

 そこまで言って、彼女の手をギュッギュと強弱をつけて握ると、
「もしさ。僕に気を遣って、とかだったら……そんな必要ないからね? 僕は葵咲のためなら喜んで動く男だよ?」

 知ってると思うけど。当然のように付け加えてニヤリと笑うと、葵咲ちゃんが大きく目を見開いてから、一瞬だけ嬉しそうな顔をして……でもそれを悟られたくないように再度「バカ……」とつぶやいてそっぽを向いてしまった。

 僕には、そんな、葵咲ちゃんの「バカ」が、「スキ」に変換されて聞こえてしまう。こんなこと彼女に言ったら、また「バカ」って言われちゃうんだろうけど。

 僕の横に葵咲ちゃんがいる。
 それだけで何て幸せなんだろう!
 心の底からそう、思った。 
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