僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』
理人(りひと)?」

 バスルームのドアが開いた気配がして、ふんわりと石鹸の香りが漂ってくる。

「んー?」

 僕は慌てて葵咲(きさき)ちゃんのコートから手を離すと、バスルームのほうへ戻った。

 いつもなら、ちゃんと髪をドライヤーでしっかり乾かしてからでないと出てこないはずの葵咲ちゃんが、珍しく濡れ髪のまま、脱衣所から顔をのぞかせている。

「あ、あの……理人、冷蔵庫、開けたり……してない、よね?」

 僕の気配が脱衣所から消えたから、葵咲ちゃんは少し不安になったみたいだ。

 ゆらゆらと揺れる大きな瞳で、(うかが)うように僕を見上げてくる。

 上気した頬と、髪からポタポタと(しずく)(したた)る様が、なんだか(なまめ)かしいな、と思ってしまった。

(あー、本当、何回抱いても抱き足りないと思ってしまう!)

 さすがに、せっかく身体を綺麗にしたばかりの葵咲ちゃんをまた(けが)すのは気が引けて、僕は彼女からさりげなく視線を()らす。

「いや、コート、脱いだままだったなって思って、それを吊るしに行ってただけだよ。――葵咲、喉乾いたの?」

 冷蔵庫から何か飲み物を持ってこようか?と続けたら、慌てたように「ダメ!」と言われてしまった。

「え?」
 その反応が余りにも必死で、僕は思わずキョトンとしてしまう。

「葵咲?」
 不思議に思いながら葵咲ちゃんを見つめたら、
「あー、あの……、お風呂上がりに二人で飲みたいの、あるから……だからとりあえずテレビでも……観てて? 私もすぐに上がるから」

 ソワソワと、葵咲ちゃんの瞳が揺れている。

(何か隠してるな?)

 すぐにそう思ったけれど、葵咲ちゃんは、今日僕に何か特別なことを仕掛けたいみたいだった。だから、ここは彼女の嘘に乗ってあげよう、と思う。

 きっと、すぐに理由はわかるはずだし。

「わかった。テレビ観て待ってる」

 僕は葵咲ちゃんの唇に、軽くチュッとキスをすると、「髪、しっかり乾かすんだよ?」と告げて、リビングに戻った。
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