僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』
 キッチンに戻ると、待ってましたとばかりにすり寄ってきたセレを抱き上げて、「パパはどこですか?」と問いかける。
 と、その声に反応したみたいに寝室の方でガタッと音がした。

 ひゃっ。もしかしてセレに理人(りひと)のこと、パパって呼んだの、聞かれちゃった!?

 そのことがにわかに恥ずかしくなって、セレを床に下ろして自分もキッチンの影にしゃがみ込む。
 あーん、恥ずかしいっ。
 私、理人がいないときにはよく、セレに向かって自分のことをママ、理人のことをパパと呼んで話しかけることがあるんだけれど、彼の前ではさすがにしたことがない。

 こ、小声で言ったから聞かれたとは限らない、よ……ね?

 熱くなったほっぺを覆いながら、そんな風に思おうとしたけれど、やっぱりそれは無理があるかもしれない。
 だって、明らかに私の言葉に反応したみたいにガタッて物音がしたもの。

「理人……いるの?」

 意を決して寝室のドアを開けたら、カーテンが閉まっていて、薄暗い。そんな室内の隅っこに……人影。理人、だよね?
 暗くて(うす)らぼんやりしか見えないけれど何となくそんな気がする……。って言うか理人以外だったら怖いしっ。

 私の呼びかけは明らかに聞こえているはずなのに、何故かこっちに来ようとしない人影に、私は不安がどんどん膨らんでしまう。

 だってあの理人だよ?
 彼だとしたら、こんな反応おかしいもの!
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