僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』
 理人の呼気が耳朶(じだ)(かす)めるほど間近に唇を寄せられてささやかれたその言葉は、キスをしているのと大差ない、と思ってしまった葵咲(きさき)だ。

 仮にも自分は学生で、理人は大学(ここ)の教職員。

 一応学校側には婚約中で、同棲中だとは伝えてあるけれど、こんな風に構内でイチャつくのはよろしくないはずだ。


「理人……近すぎだよ。離れて……?」

 わずかに残る理性で。
 葵咲が真っ赤な顔をして弱々しく抗議の声を上げたら、「今のは葵咲《《ちゃん》》が悪いんだよ? あんまり可愛いこと言ってくれるから」と理人が拗ねたみたいにつぶやいた。

 理人が自分を〝ちゃん付け〟で呼ぶときは、甘えたモードに入っている。

 それが分かるから、葵咲も本気で彼を突き放すことが出来なくて弱ってしまう。

「バカ……」

 真っ赤になりながら嫉妬心を気取られたことを恥じらって。
 理人の視線から逃れるようにふと視線を転じたら、さっき彼に話しかけていた女子学生がこちらを呆然と見ているのに気が付いた。

 それで、葵咲は慌てて理人を突き放そうとしたのだけれど――。


「見られても別に構わないよ。僕は葵咲ちゃん以外からの好意を受け取るつもりはないし、正直、キミ以外からどう思われようと知ったことじゃない」

 言われて、ハッとしてもう一度彼女を見たら、先程理人に差し出したはずの小袋はまだ彼女の手の中。


「チョコ、受け取らなかった、の……?」

 あんなに真剣に差し出されてたのに――。

 信じられない気持ちで恐る恐る理人を見上げたら「当たり前だろ」と、どこか怒ったみたいに吐息を落とされた。
< 330 / 332 >

この作品をシェア

pagetop