僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』
「しゅっ、修太郎(しゅうたろう)さんっ!」
 途端、かぐや姫にたしなめられて、従者が一瞬だけひるむ。

 でも、すぐに気を取り直したように
「いくら日織(ひおり)()()のお願いでもこれだけはゆずれません。()()のことを名前で呼んでいい男は僕と身内だけです。正直家族とはいえ(健二)が呼ぶのだってやめさせたいぐらいなのに……」

 そう告げて。

 その余りにも予想通りなやりとりに、僕は思わず笑ってしまった。


「お気持ち、お察しします。――では彼女のことは塚田さん、貴方のことは修太郎さんとお呼びさせていただきます」

 心の中で、「貴方の彼女、僕の中ではすっかりかぐや姫なんですけどね……」と付け加えつつ。
 さすがにそう呼ぶわけにはいかないから善処しないと。

 正直な話、僕だって葵咲(きさき)ちゃんと結婚したとして、他の男に、僕との混乱を避けるために彼女が「葵咲さん」とか呼ばれたりするのはやっぱり嫌なんだ。
 だからといって、せっかく僕の妻になった彼女を、今さら旧姓で呼んで欲しいとも絶対に言いたくない。

 そこはそれ、結局は僕を下の名前で呼んでくれとなってしまう気がする。

 もしくはそう、「奥さん」と「ご主人」だ。
 そうだ! これに限る。

 くぅー、何これ! 最高じゃないかっ!

 本当は眼前の2人もそう呼んであげたら喜ぶんだろうな、と分かってはいるんだけど……僕はあえてそれを提案しないでおいた。
 だって……相手から頼まれたわけじゃないし、何より僕と葵咲ちゃん2人だけの時間を邪魔されるんだ。
 少しぐらい仕返ししたって罰は当たらないだろう?

 まぁ、でも――。
 何か認めるのすっごく抵抗あるんだけど、僕と彼は似たもの同士だな、とは思った。きっと貴方も思ってますよね? ()()()()()

 とすれば――。

 僕はひとつ提案を思いついて内心ニヤリとする。
 修太郎氏がそれに乗ってこないはずがない。
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