僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』
***

葵咲(きさき)、僕たちも行こう?」

 いつまでも走り去るアルファードの方ばかりを見ている葵咲ちゃんに声を掛けると、ビクッと肩を震わせて。

「――緊張、してる?」
 僕がここへ着いてすぐの時、抱きついてくれたことを思うと愚問な気もしたけれど、何となくそう聞かずにはいられない。
「何言ってるの、理人(りひと)。緊張とか……今更だよ?」
 葵咲ちゃんは僕の問いかけに、こちらを振り返ってニコッと笑いかけてくれたけれど、やはり何か違うんだ。視線が微妙にかち合わない。

「葵咲、僕に何か言いたいことあるよね? 会食が終わったら、ちゃんと話そうね? ホントはすぐにでも問い詰めたいところだけど……じっくり聞きたいから今はやめとく。――けど、とりあえずそれまでは気持ち切り替えよう? でないとふたりに悪いだろ?」

 ――出来るよね?

 畳み掛けるようにそう言ったら、葵咲ちゃんがコクン、とうなずいた。

 僕に聞きたいことがあるという点については否定しなかったから、何か抱えているのは確かだ。

 ヤバイ。
 そうと知ったら葵咲ちゃんに普通にしとけって言ったくせに、正直僕自身、かなり気になってきた。

 助手席ドアを開けて葵咲ちゃんをシートに座らせると、僕は有無を言わせず彼女の上に覆い被さるようにしてシートベルトを着ける。
「理人っ?」
 僕が突然身体を寄せたからだろう。葵咲ちゃんが小さく僕の名を呼んで真っ赤になった。

 何これ、可愛すぎるだろ。

 本当にシートベルトを着けるだけのつもりだったんだけどな。こんな声出されたら何もするなって方が無理だ。

「葵咲……」
 僕は葵咲ちゃんを至近距離からじっと見つめると、瞳を逸らせようとする彼女のあごに手をかけて、小さく低く愛しい女性(ひと)の名前を呼ぶ。
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