僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』
*キミだけの僕
葵咲(きさき)……っ」

 葵咲ちゃんの耳元に、吐息交じりの声を吹き込む。
 このまま葵咲ちゃんの脳まで僕の声が届けばいい。そうして葵咲ちゃんの中を、僕で一杯に満たせたら最高に幸せだ。

 そんな風に思いながら。

「ひゃっ、……あっ」

 葵咲ちゃんが、僕の呼びかけにビクッと身体を震わせると、小さく声をこぼした。

「葵咲、ここはラブホじゃないから余り大きな声を出すと隣に聞こえちゃうから気をつけて? 僕もキミの可愛い声を他人(ひと)に聞かせるのはごめんだからね」

 角部屋で、唯一接している隣室も、今日は空きなのを知っているくせに、意地悪をしてそんなことを言ってみる。

 僕の言葉に、葵咲ちゃんが瞳を見開いて一瞬泣きそうな顔をしてから、慌てたように口許を手で覆った。

 その恥らう様が可愛くて、僕はついつい彼女を苛めたくなってしまうんだ。

 実際には、葵咲ちゃんがそういうのを考えられなくなるぐらい、僕に溺れてくれればいいと思っている。

 葵咲ちゃんの声があまりにも高くなって、廊下にまで漏れ聞こえてしまいそうでまずいと思ったら、僕は彼女の唇をキスで塞くつもりだ。

「でも……ごめんね? やめるのは無理だから……葵咲、頑張れ」

 意地悪く言うと、葵咲ちゃんが「理人(りひと)の……意地悪っ」と拗ねたようにつぶやく。

 僕は葵咲ちゃんのそういうところが本当に可愛くてたまらないんだ。

 だったらやめて、って言わないところ。
 だからと言って、自分からはもっともっと乱れさせて欲しいとも言わないところ。

 素直なんだか素直じゃないんだか分からないこの微妙な感じが、例えようもないほどに愛しい。
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