御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
 ソファで、しゃりしゃりとりんごを食べながら隆が聞いた。その無防備な様子に、夏美は嘘をつかなければならないのがつらかった。
「今日もトシさんが来てくれてね。…その、トシさんから有休取るからキャンプに行こうよって誘われてるの」
 敏恵に口止めされているので、濱見崎の名前は出せない。
「キャンプ?」
 へえー、いいね、僕も行きたい、と言うだろうと思っていた。意外と隆の声が固いのが気になる。夏美は少しあせってしまった。
「平日の方が、利用しやすいんだって。ほんとは隆さんの行ける日にしたかったんだけど、急に決まってしまって…来週の木曜日なの」
「ふーん」
「日帰りだから。そんなに遅くならないから…行ってもいい?」
 おそるおそる伺うような形になってしまう。
「いいよ。実は、僕も夏美ちゃんに打ち明けようと思ってたんだ。来週の月曜日から日曜まで。一週間宮崎に出張することになって。絵本のイベントと取材があるんだけど、行くはずだった編集者が行けなくなって、急遽僕が行くことになったんだ」
「そうだったの」
 夏美は少しほっとした。嘘をついてキャンプから帰ってきたとき、隆にどんな顔をすればいいのか、気が気でなかったのだ。嘘をつくタイミングが少なければ少ないほど、夏美には助かる。
「あれ?なんで、夏美ちゃん、ほっとしてるの!」
「え?ううん、隆さんがいなくてさみしいよ」
「ほんとかなあ。僕がいないと、いっぱいイラストが描けるから嬉しいんじゃない?」
「そんなことない。私だってさみしいんだってば」
 そうかなーと言いながら隆が夏美の肩に頭をつけ、ぐりぐりとする。子犬みたい、と思いながら夏美は隆の頭を撫でる。
「隆さんにもお土産…N市だから、ぶどうが美味しいかも。買ってきてあげるね」
「じゃあ、僕も。素敵な絵本があったらたくさん買ってくるよ」
 隆はソファに座りなおし、夏美のすぐそばに体を寄せて言った。
「出張中、毎晩、電話していい?」
「もちろん。待ってるから」
「ほんとに?夏美ちゃん、僕がいなくても生きていけそうだから心配になっちゃうよ」
「そんなことない。隆さんがいてくれるからいつもがんばれるんだよ」
 隆はそっと夏美にキスをした。深くなっていくキスを受けながら、こんな可愛い人に嘘をつかなきゃいけないんだな、と胸が痛んだ。
< 66 / 86 >

この作品をシェア

pagetop