冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 少し遠くで話し声が聞こえる気がして、ふと目を開けた。ずいぶん長く寝ていたようで、頭はすっきりと冴えている。体の調子も悪くなさそうだ。
 どうやら扉の向こうで一矢さんが電話をしているようだ。
 ゆっくりと体を起こして辺りを見回しながら、どういう状況なのかを思い出していく。
 
 たしか、一矢さんの帰りを待っていたら、マンションに突然陽がやって来たはず。彼女に追い出されてしまって、外を歩いていたら一矢さんが見つけてくれて……。

 ガチャリと鳴った扉の音に視線を向けた。灯りをつけながら入ってきたのは、もちろん一矢さんだ。

「優、起きていたのか。すまない、離れてしまっていて。体調はどうだ?」

 思い出してみれば、たしか彼は『ずっとついているから』と私を寝かしつけたはずだった。それを律儀に守ろうとした結果が今の謝罪だったのだろう。その気持ちだけで、心が温かくなってくる。

「大丈夫、そうです」

 喉の痛みは幸いにも感じない。一矢さんが額や首元に触れてくるが、熱っぽくもないと思う。若干怠さはあるが、それほど深刻な状態でもなさそうだ。

「問題なさそうだな。なにか、飲むものを持ってくるから待っていて」

 急ぎ足で出ていく一矢さんを見送って、壁にかけられた時計に目を向けた。
 短針は九時を指しているが、カーテンをきっちりと閉めた室内では、それが朝なのか夜なのか見当がつかない。

 再び戻って来た一矢さんは、私にコップを渡してきた。自分で思っていた以上に喉が渇いたようで、すぐさますべてを飲み干してしまう。お腹が空いているかと聞かれたが、今はまだ食べる気力が湧かない。代わりに、状況を説明して欲しいとお願いした。

< 131 / 150 >

この作品をシェア

pagetop