冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 彼が来るのに合わせて、ご飯や汁物をよそっていく。箸はすでに一矢さんによって用意されていた。あと必要なものはと見回していると、やってきた一矢さんが席に着いた。

「お待たせしました」

 お茶を出したらいったん部屋に戻ろうと考えていたところ、ふと見上げた一矢さんと私の視線がばっちりと合ってしまった。なんだか気まずくて、すかさずそらしてしまう。

「君は、食べないのか?」

「わ、私は、その……」

「いつもは部屋で食べているのか?」

 ここは素直に答えるべきだろうか。もしかして、病気でもないのに自室で食べるだなんて、はしたないとでも思われているのかもしれない。

「は、はい」

 叱られてしまうだろうかと、俯いてぎゅっと手を握り締めた。

「どうしてだ?」

 けれど、予想に反して彼の声音は落ち着いている。
 しかし、それだけでは本心はわからない。

「それは、その……私と顔を合わせるのは、不快でしょうから」

 怖くて彼の反応が見られない。
 受け取ったメッセージの言外に見出した彼の優しさを、相変わらず現実と同じだと勘違いしてしまっていた。

 おまけに、ここ最近はどうしてか室内で顔を合わせる機会が増えている。これまでに私が掴んだ彼の行動パターンは、彼の仕事の都合なのか、どこかずれてしまったのかもしれない。

 一矢さんは決して私の存在を無視しない。顔を合わせれば挨拶をされるし、最低限のことは話しかけてもくれるのだ。日々のそんな繰り返しで、少しずつ心の距離が近づいたように感じていた。

 でもそれは、もしかしたら私が都合よく捉えていただけかもしれないと、急に怖くなってくる。

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