冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 チラリと盗み見た一矢さんの所作はとても綺麗で、思わず見入ってしまいそうになる。
 箸を持つ手は大きくて男らしいのに、その指は長くて思いの外繊細に見える。きっとこの手はたくさんの人の命を救ってきたのだろう。

「俺の手が、どうかしたか」

 あまりに見すぎたせいで、一矢さんが怪訝そうな顔で尋ねてきた。

「ご、ごめんなさい」

「いちいち謝らなくていい」

「ご、ごめ……い、いえ」

 さらに謝罪を重ねそうになったが、なんとかとどまった。
 これまで謝るばかりの生活だったから、もはや癖のようになっているのかもしれない。

「君は息をするように謝罪をする。それでは本当に謝りたいときに、気持ちが伝わらないぞ」

 納得する言葉にハッとした。

「……その通り、ですね。あ、あの、ただ、あなたはこの手で、たくさんの人の命を救っているのだと思って、その……お仕事については、なにもわからないんですけど……」

 思わず心の内を吐き出すも、途端に恥ずかしくなってしまう。間違いなく赤くなっている顔を、隠すように俯いた。

「……そうか」

 だから、今の一矢さんがどんな表情をしているかなんてわからない。ただ口調に不快感が滲んでいないようだと、それだけはほっとした。

 しばらく無言のまま食事を進めた。

 気恥ずかしさや気まずさが完全に拭えたわけじゃないけれど、時間の経過とともに次第に落ち着きを取り戻していた。

「俺の友人が……」

 唐突に発せられた思いもよらない単語に、パッと顔を上げた。

「結婚したのなら、奥さんに会わせろといっている」

〝奥さん〟という単語に、不覚にもドキリとしてしまった。
 ただ、私は名ばかりの存在だ。ときめいている場合じゃない。

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