冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
「ちょっ、優ちゃん?」

 再び肩を掴まれそうな気配を感じて、避けるように後ずさる。

「こ、来ないで」

「ごめん。やりすぎたよ。そんなに怯えないで」

「いや」

 怖い。
 こちらに向かって伸ばされた彼の腕を、思わず振り払った。

 それでも近づいて来ようとするからさらに後ずさると、さすがになにかを察したのか阿久津さんも足を止めた。

「優?」

 そこへ、電話を終えた一矢さんが戻って来た。

「良吾、なにがあったんだ?」

 私たちの雰囲気にただならぬものを感じたのか、焦ったような、それでいて問い詰めるような口調で近づいてくる。

「ごめん、ごめん。ついいつもの調子で優ちゃんをからかっちゃって」

 いかにも申し訳なさそうな阿久津さんの声が聞こえてくるけれど、私は未だに目を開けられずにいた。俯いて息を潜めるようにししていると、足早に近づいて来た一矢さんが私の両肩にそっと手を置いた。

「大丈夫か?」

 この手を怖いとは感じなかった。彼の手を振り払おうとは思えなくて、されるがままになってしまう。
 不思議なことに、一矢さんにこうされるのは少しも嫌じゃない。

 彼は片方だけ手を離すと、眦に溜まった涙を拭いとってくれた。
 なにか言うべきなのに、思うように言葉が出てこない。そっと伺うように目を開けると、心配そうな顔をした一矢さんがいた。
 
 私の表情を確認した一矢さんは、振り返って阿久津さんへ視線を向けた。肩に添えられた彼の片手は、そのままになっている。まるで私を庇ってくれているように。

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