冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚～不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます～

「良吾、なにをしたんだ？」

「すまない。怖がらせるつもりはなかったんだ」

　一矢さんの静かな怒りが、その声音から伝わってくる。さっきまでどこかお茶らけた雰囲気だった阿久津さんも、今ばかりは真剣になっているようだ。

「優ちゃん、ごめん。さっきのは本気じゃないんだ。申し訳ないけど、親友のために君が信頼できる人間なのか試そうとした。怖がらせて、申し訳なかった」

　心底申し訳なさそうな表情を見せた阿久津さんに、強張っていた体から少しだけ力が抜けた。それでも、完全に恐怖心が去ったわけではない。私にとってさっきの言動は、〝試す〟などというレベルのものではなかった。

「一矢もごめん。俺……」

「良吾が俺を心配してくれているのもわかっている。そこは感謝している。でもちょっとばかりやりすぎたみたいだな」

「そうだね。一矢も優ちゃんも、本当にごめん」

　阿久津さんの心からの謝罪を受けて、一矢さんが再び私の方へ体を向けた。少しだけ身をかがめて、私と視線を合わせてくる。

　これほど近づかれても、さっき阿久津さんにしたように後ずさったりはしなかった。それは私が、一矢さんは優しい人だと知っているからだ。彼を信頼しているから、この距離感も平気でいられた。

「優。俺からも謝る。ごめんな。良吾は俺のことになると、自分のこと以上に過保護になるきらいがあるんだ。許してやってくれるか？」

　コクリと首を縦に振ると、一矢さんはほっとしたようにほほ笑んだ。


　阿久津さんとの対面はすっかり変な空気になってしまったが、とりあえず和解という形で終えられた。

「そろそろお暇するね。優ちゃん、本当にごめんね」

「いえ、もう大丈夫ですから」

　これまでだって、他人に悪意を向けられる経験は何度だってあった。だから、我慢するのは慣れている。ただ、あんなふうに実力行使に出るような経験はさすがになくて、狼狽えてしまっただけだ。

　一矢さんは友人である阿久津さんではなくて、私の側に立って庇ってくれた。嬉しかった。私はこれまで、いつも責められるばかりだったから。

　嫌な思いはしたが、彼は一矢さんの友人であるのだから、これ以上引きずってはいけないとわかっている。ぎこちなかったかもしれないが、最後はなんとか笑顔で見送った。