若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「俺も知りたい。十五年前の冬にいったい何が起きたのか」

 十五年前のケミカルタンカーと貨物船の衝突事故に不審な点はなかったという。それなのにひとりの航海士が死に、十五年経過したいまも苦しんでいる娘がいる。カナトにできることは、彼女の苦しみを、憂いを取り払うこと。それか、彼女をさらに苦しめ、自分なしではいられないほどの絶望を与えること。
 そのためなら純粋な初恋の思い出を踏みにじる覚悟も……いや、それは無理だ。できる限り、自分は前者を選択したい。そして彼女に初恋を思い出させて、もう一度、プロポーズするのだ。

「でも、真相を知って、俺や、俺の会社への復讐の必要がないってわかったら……そのときは」
「そのとき、は?」

 車がホテルのパーキングへ滑り込む。
 停車と同時に立ち上がったカナトはそのまま屈みこんでふらつくマツリカの顎をすくう。

「最後まで、貴女を抱きたい――……」

 自分の唇でマツリカの赤い唇を食んで、泣きたくなるようなキスをしながら、カナトは囁く。
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