若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「仕方ないよ。当時の貴女はまだ七つか八つそこいらだったんだから」
「だけど、あたし記憶力が抜群によくないの。多言語を取得することで神様が忘れっぽい子にしたのよって友人に言われるくらいに」
「そうか」
「これでも最近は手帳やケータイに記録する習慣をつけているから、とんでもないミスをすることはなくなったのよ。今日のことも忘れないように書いておかなきゃ……」
「どんな風に?」
「若き海運王との恋人契約一日目。寄港したハワイで亡き父の同僚と会う、って感じかな」

 黒い海の水面を眺めながら、マツリカはぽつりとこぼす。理知的な青黒い瞳は、カナトではない遠くに思いを馳せている。
 忘れっぽいといってはいるが、彼女はきちんと考えて物事を判断している。それゆえいままで自分のちからで生き抜いてこれたのだろう。

「恋人役の感想は?」
「難しい」
「そう? 俺に甘えてくれるだけでいいのに」
「そんなこと、できるわけないじゃない」

 これは仕事なんだから、と自分自身に言い聞かせるマツリカを前に、カナトは苦笑する。
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