若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
   * * *

 マツリカがカナトの恋人役をしていると認識しているのは彼のお目付け役である伊瀬とふたりのボディガード、瀬尾と尾田だ。ハワイで車の運転をしてくれた瀬尾は岩のようにおおきな体つきが印象的だったが、彼とコンビを組んでいる尾田はほっそりとしているが合気道の猛者だという。
 彼らはカナトを主と認め、忠実に仕事をしている。

「でも、カナトさまがこんな風にひとりの女性を大切にされる姿はみたことありません」

 そう馬鹿正直に伝えられてもマツリカは困惑するばかりだ。彼はクルーズが終わるまでの女避けとしてマツリカを選んだだけだし、マツリカも彼が鳥海の若き海運王だから彼の取引に応じただけなのだから。
 死んだ父親の情報を知るために、彼と行動をともにしている。クルーズが終わる日まで。
 そう、心のなかで何度も言い聞かせて、マツリカは今日も彼の恋人役を演じているというのに。

「だけど、東京で恋人が待ってらっしゃるのでしょう? お見合いもされたって……」
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