若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 ――あたしの記憶のなかからカナトのことを消すって、なにおかしなこと言ってるの?

 透明な注射器のなかには淡い紫色の薬液がたぷんと揺れている。禍々しい液体を前に、マツリカは凍りつく。
 すでに身動きを封じられている状態なのに、自分の言うことを従わせるために記憶を消そうとしている義弟は、すでにマツリカがよく知っている彼ではなかった。

「マイくん……いつから」
「大学を卒業して日本に戻って来るって信じてたのに、そのままアメリカに居ついちゃうんだもの。それも鳥海の孫会社だなんて親父もよく許したものだよ。オレが社長になったらりいかを呼び戻して妻にすることにも反対してたから、誰にも邪魔されないようにすこしずつ計画を練っていったんだ」

 クスリの出どころについてマイルは口をひらかなかったが、彼が旅行でしょっちゅう台湾まで行っていたことは義父から知らされている。たぶんそのときに違法薬物のバイヤーと知り合い、大金と引き換えに販路を整え、海外進出の足掛かりとしたのだ。
 非合法に、罪を犯して。
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