アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「私は散歩が好きだから」

「ウォーキングマシーンもあるよ」

 まわりにはあんなに素敵なお庭と森があるのに、なんでこんな狭いところで散歩の真似事をしなくちゃいけないのよ。

 ――言わないけど。

「汗拭いてあげる」

 私はジャンの肩からタオルをはずして、胸に浮いて流れる汗をぬぐった。

「ねえ、さわってもいい?」

 返事を聞く前に筋肉を撫でる。

 ベッドの中でさんざん抱き合ってるのに、その時はじっくり見てる余裕なんてない。

 脇腹をなぞると、かすかにピクリと引きつった。

「くすぐったい?」

「いや、そんなでも」と、わざとらしく表情を硬くしてる。

「ホント?」と、指先でコチョコチョっと遊んじゃう。「我慢してる?」

「そういうわけじゃないけど」と、ジャンがはにかむ。「クロードが見てる」

 え!?

 振り向くと入口にクロードさんが立っていた。

 あわてて離れたけど、もう、顔から火が出そう。

「チョウショクノヨウイガデキマシタ」

 クロードさんがスマホの画面を見ながら日本語をしゃべっている。

「わあ、ありがとうございます」

「日本語の勉強を始めたんだってさ」と、ジャンが私と一緒にトレーニングルームを出る。

「じゃあ、私もフランス語を勉強しなくちゃ。トレーニングは後回しでいいでしょ」

「先に行っててよ。シャワーを浴びてくるから」

 苦笑してるジャンと別れて私はクロードさんについていった。

 雨上がりでテラスがまだ濡れているらしく、今朝の朝食は結婚のサインをした応接室に用意されていた。

 昨日のおばさまがコーヒーとミルクのポットを持ってやってきた。

「オハヨウゴザイマス」

 え、また日本語?

「カフェオレニシマスカ?」

「はい、お願いします」

 ニッコリと微笑みながらおいしいカフェオレを入れてくださるおばさまに日本語で「ありがとう」と言うと、「ドイタシマシテ」と返ってきた。

 みんな私のために頑張ってくれてるんだな。

 うれしくてちょっと涙が出そうで、カフェオレのカップで顔を隠しながらジャンを待った。

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