アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「やあ、お待たせ」

 またいつものビジネススーツ姿だ。

 クロードさんに劣らず今日もネクタイの結び目が素敵。

「今日はお仕事?」

「ああ、食べたら出かけなくちゃならないんだ」

 ふだんは城館内に構えたオフィスで仕事をしているらしい。

「僕の仕事は経営だからね。現場には指示を出せばいいから、基本的にはリモートでいいんだ。でも、今日はホテルの改装工事の状況を確認しておかなければならないのでね」

 私が泊まるはずだったシャトーホテルのことだ。

「工事は順調なの?」

「ああ、問題ないよ。新しい支配人、ほら、君も会っただろ」

「ちょっと太めの人?」

「そう。彼はホテル再生の専門家でね。僕がスカウトしたんだよ。彼の提案に沿って今回のプロジェクトを進めてるんだ。設備が古かったから今までは稼働率が悪くてね。固定費の見直しも進めて、収益が五割は増えるはずだよ」

 笑みを浮かべながら話す夫の表情を眺めていると、こっちも幸せな気分。

「うまくいくといいわね。楽しみ」

「改装が完了したらご招待するよ。もともとそのはずだったんだからね」

 それがきっかけでまさかこんなことになるなんてね。

 つい三日前のことなのに、もう三年くらいたったような気がする。

 朝食後に、ジャンはクロードさんの運転する車で仕事に出かけていった。

「行ってらっしゃい」

「パリで商談もあるから夕食は済ませてくると思う」

「寝ないで待ってる」

「なるべく早く帰るからね」

 行ってらっしゃいのキスをするなんて、夫婦なんだなって思うけど、心の中に引っかかる疑いは消えない。

 この結婚に意味はあるの?

 聞けばいいのに、聞けない。

 聞いたら終わってしまう。

 終わるのがこわい。

 ――ああ、そうか。

 私、恋を終わらせたことがないんだ。

 誰ともつきあってこなかったから、初めての恋だったから、終わらせ方も知らないし、終わったときのつらさや乗り越え方も知らないんだ。

 歳ばかり三十になったのに、中学生より経験がないんだ。

 ――まあ、終わらせるつもりはないからいいんだけど。

 私の方はね……。

 ジャンも永遠を積み重ねようとしてくれているわけだけど、一人芝居の幕はいつも勝手に下りるみたいだし。

 はあ……。

 新婚さんなのにため息しか出ない。

 ジャンが出かけて一人になると、何もすることがない。

 そういえば、私、観光客なんだよね。

 森を散歩するためにフランスに来たんだっけ。

 なんでこんなことになっちゃったんだろ。

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