アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「コレカラハ、ワタシモ、ニホンゴヲ、ベンキョ、シナクテハ、ナリマセン」

 お母様……。

 私は思わずアレクサンドラさんに抱きついていた。

「ありがとうございます。メルシ、おかあさん」

 左右の頬に口づける。

 お母さんも同じように返してくれた。

「フランス式の挨拶はもう教えなくてもいいみたいね」

「はい。フランス語も一生懸命覚えます」

 ソファに並んで座って、お母さんが私の手を握る。

「ワタシハ、アナタガ、シンパイデス」

 二回まばたきをしてため息をつく。

「若い頃、私は過ちを犯しました。私は不幸を選んだ。私は間違えたのです。子供だった。弱かった。私はずっとそれを後悔しながら生きてきたの」

 私は左胸に手を当てた。

 ジャンから聞いた話を思うと私も心が痛む。

「フランス人はみな恋が下手なの。だからフランス人は愛を裁かない。みんな間違えるから。愛を裁いていたら、フランスから人がいなくなる」

 そしてお母さんは日本語で続けた。

「アナタハ、ジャンヲ、シンジマスカ?」

「はい」

 なんかの信者みたい。

「ユリさん、ジャンを頼みますよ。愛し合って生まれた自慢の息子。あなたを選んだ賢い息子ですから」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 お母さんは口元に柔らかな笑みを浮かべてつぶやいた。

「これでいいのです。これですべてを終わらせましょう。過ちを二度繰り返すことはないのです。不幸の連鎖はこれで終わり。ユリさん、あなたに私と同じ苦しみを味わってほしくない。何があってもあなた自身で考えて答えを選ぶのですよ」

「はい。分かりました」

 サラさんと三人でスマホの連絡先を交換し合って、昼食に下のホテルから取り寄せたお寿司をごちそうになった。

 部屋を出る時に、お母さんがフランス語で私に何か言っていた。

 エレベーターの中でスマホの画面を見たら、『ミシェルはあなたに素敵な服を作った。とても似合う』と表示されていた。

 ありがとうございます、お母さん。

 私、この国で生きていけるような気がする。

 いい人達に助けられて、幸せ。

 私も恩返しができるように、がんばらなくちゃ。

 これから何が起こったとしても、乗り越えていける。

 そのときは私もそう思っていた。

< 94 / 116 >

この作品をシェア

pagetop