アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「いろいろ全部よ」

「全部って……」と、彼の視線が右往左往している。

 そんな彼の態度にいらつく。

 こんな気持ちを彼に抱くことになるなんて、ついさっきまでは思ってもみなかった。

『アナタハ、ジャンヲ、シンジマスカ?』

 お母さんの言葉が思い浮かんでくるけど、感情の荒波にすぐに押し流されてしまう。

「だから、婚約してたこととか、ミレイユさんのこととか、お仕事の影響とか。私、何も教えられてないじゃない」

「いや、べつに関係はないんだ。確かに僕とミレイユは婚約していたけど、家同士の関係だから恋愛感情なんかなかったし、君と出会ってむしろ僕は本当に人を愛することを、ユリ、君から教わったんだ。この人だってね。この気持ちが本物なんだって。僕の気持ち、僕の言葉に嘘はないよ。僕が愛しているのは君だけだ」

 違う。

 そういうことじゃない。

 私が言ってほしいのはそういうことじゃない。

「お仕事にだって影響があるんでしょ?」

「ボワイエ財閥との関係のことか? だから、今日も一日そのための話し合いをしてきたんだ。他の金融グループと融資の交渉は進んでいるから心配はないよ。それにこれは以前から計画していたことだから、今、急に動き出したわけじゃない」

「計画って、私と出会う前から?」

「そうだよ。先を見据えて計画を立てるのが経営だからね」

 違うの。

 そうじゃないの。

 どうして分かってくれないの。

 そういうことを言ってほしいんじゃないの。

 ――プツン……。

 私の中で、かろうじてつながっていた赤い糸が音を立てて切れた。

「私との結婚も予想してたの?」

「落ち着いてくれ。それはまた別のことだよ。君との出会いを予想できたはずがないだろ。一目惚れなんだから。偶然だよ」

「婚約を解消する理由として都合が良かっただけ? だから意味なんかないの? この結婚に意味なんかないってそういうことなの? 誰でも良かったんでしょ! すべて計画通り!」

「待ってくれ」と、ジャンが立ち上がろうとする。

 私は彼の肩を押さえつけた。

 自分でもビックリするくらいの力で、ジャンがベッドに倒れ込む。

 それだけでおさまらず、私は上に飛び乗って彼を押さえつけた。

「ねえ、極上の大トロにベシャメルソースがかかったみたいってどんな感じなの?」

「ちょっと、待て。何の話だ。ミレイユから何を聞かされた」

「私、ミレイユさんのことだなんて言ってない!」

 ジャンの目が大きく見開く。

「いや、あの、それはだな……。ええと、つまり、なんだその、ええと……。もう十年も前のことだ。確かにそういうこともあったかもしれないけど、ノン、僕も覚えてないよ。ジャメ、ジャメ。なんでもないんだ。何もなかった。本当だ」

 馬鹿ね。

 何も分かってない。

 肯定も否定もどっちも正解じゃない。

 どうして正解を探そうとするの?

 私が知りたいのはオリコウサンな答えじゃない。

 何を言ったところで過去が変わるわけじゃないし、そもそも過去を変えてほしいとも思ってない。

 過去のあなたがほしいわけじゃないし、過去のあなたを責めているわけじゃない。

 最初から言ってほしかった。

 事実を知る前に自分から言ってほしかった。

 後から知らされたのが嫌なのよ。

 先に知ってたら許せたのに……。

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