極上悪魔な弁護士が溺甘パパになりました
 繭の差し出した名刺を受け取ると、樹は軽くうなずいた。それから、彼の視線は旬太のもとで留まる。その探るような眼差しに繭は不安を煽られた。

「あの、この子がなにか?」
「……名前を聞いてもいいか」

 繭はぐっと言葉を詰まらせる。心の奥がかすかに波立ち、惑うように瞳を揺らす。偽名を伝えようかとも思ったが、それはできなかった。彼がどうこうではなく、旬太の前でするべき行為ではないと思ったのだ。繭は樹の目をまっすぐに見て、正直に告げる。

「旬太です」

 樹は膝を曲げて、旬太と目線を合わせる。すると旬太が小さな手を伸ばし、彼の頬に触れた。

「あっ、こら。旬太ってば」

 繭は旬太の手を止めようとするが、樹はふっと笑って旬太の頭に手を置いた。

「またな、旬太」
「あいっ」

 元気いっぱいな旬太の返事に、樹は白い歯を見せて破顔する。

 走り去っていく樹の車を見送りながら、繭は思わず両手で胸を押さえた。

(高坂先生が旬太の名前を……)

 ふいに涙がこぼれそうになって、繭は急いで上を向く。うれしいのか、不安なのか、感情が迷子になっていて自分でもこの昂りの理由を説明できそうにない。旬太の体温の高い手が繭の顔をなでる。

「まぁま?」

 自分を見あげる旬太の濁りのない眼差しに、繭の胸は切なく締めつけられる。

(誰にも言えないけど……あの人が旬太のパパよ。尊敬できる立派な弁護士さんなんだよ)

 まだ言葉を完全に理解しているわけではない旬太が相手でも、はっきりと口に出すのはためらわれる。繭にとっては、そのくらい大きな秘めごとなのだ。


 
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