忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
 おしゃべりもお酒も食事も進み、時間はあっという間に過ぎていく。ほろ酔いになってきた頃、美琴は一人お手洗いに立った。

 やっぱり友達とのおしゃべりは楽しい。心がスッとする。たった三ヶ月だけど、思っていた以上に我慢してたのだと気付く。

 お手洗いを出て席に戻ろうとすると、通路の壁にもたれかかる男性がいた。

 この人、カウンターで飲んでいた人だ。ブルーのストライプのシャツに黒のズボン。少し長めの髪は暗めの茶色。後ろ姿が美琴の席からよく見えたので覚えていた。

 狭い通路だったので、美琴はぶつからないようなるべく壁寄りを歩こうとした。

 すれ違う瞬間、美琴は横から伸びてきた手に進路を遮断される。突然の出来事に少し混乱した。

「あ、あの……通していただけませんか?」

 タチの悪い酔っ払いだったらどうしよう……。絡まれるのが怖くて、前方を見据えたまま言った。

「さっきから君たちの話し声がよく聞こえてさ」

「ご、ごめんなさい! うるさかったですか? 久しぶりに友達に会ったからはしゃいでしまって……静かにしますね。すみませんでした」

 美琴は男の腕の下をくぐろうとすると、今度は腕を掴まれ壁に押しつけられる。

「うるさいって言ってるんじゃない。あんたの話が面白かったから、二人で話したいって思ったんだ」

 その言葉を聞いて、美琴は初めて男の顔を見た。切長の目が印象的なキレイな顔立ちのその人は、美琴の生活に関わったことがないような大人の香りがした。二十代後半くらいだろうか。大人びた雰囲気が、見た目の印象を曖昧にさせる。

「あの……ごめんなさい。友達が待っているので……」

 美琴はその場を離れようと、男の腕を振り払おうとする。しかし力が及ばない。

「その友達から許可をもらってんだけど」

 美琴は驚いて千鶴と紗世のいる方向に目をやる。すると二人は酔っているのか、楽しそうに手を振ってくる。

 その様子を見て、美琴の顔から作り笑顔が消えた。

「私の気持ちは無視ですか?」
「そんなこと言ってない。嫌なら断ればいいよ。別に取って食おうとしてるわけじゃないし、話したいって思っただけ」

 言葉から俺様な雰囲気を感じるが、それ以上のことはわからなかった。

「……手、離してください」

 でもどちらかといえば警戒心が強めの千鶴と紗世が了承したからには、それなりの何かがあるのだろう。

 男は掴んでいた手を離したものの、美琴の行く手を遮っている手はそのままだった。

「返事は?」
「……話すだけですからね」
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