彼と私のお伽噺

 昴生さんの腕を無理やり退かせて振り向くと、首に巻いて緩んだままにしてあるネクタイをつかんでぎゅっと絞める。

「昴生さん、早く準備しないと遅れちゃいますよ!」

 昴生さんのことを見上げながらそう言うと、彼が黒褐色の瞳を細めて私に向かって手を伸ばす。

 大きな右手に首の後ろをつかまれ引き寄せられたかと思うと、彼の唇が私の唇にちゅっと触れた。

「え、……」

 唇が離れた瞬間、昴生さんにキスされたのだと自覚して、頬がかーっと火照る。

 口元に手をあてて目の前の昴生さんを上目遣いに見ると、彼が口角を上げて意地悪く笑んだ。

「お前も、早く準備しないと遅れるぞ」

「昴生さん、ひとつ聞きたいんですけど」

「ん?」

 キッチンの作業台に置いてあるお弁当をつかんで立ち去ろうとする昴生さんのシャツの袖をつかまえる。

 振り向いて私を見下ろす彼の顔は、どれだけ見慣れてもやっぱり整っていて綺麗だ。

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