彼と私のお伽噺
落ち着いてゆっくりと考えると、私はただふたりで待ち合わせをしていた昴生さんと妃香さんがカフェから出てきたところを見ただけだ。
並んで歩く二人の距離が必要以上に近かったわけでもないし、決定的な浮気現場を押さえたわけでもない。
昴生さんが私に嘘をついて妃香さんと会っていたことを知って、必要以上にショックを受けただけ。
優生さんと食事をすると嘘をつかれたことを除けば、今朝の彼の態度は普段と変わりなかった。「なるべく早く帰る」とも言っていた。
何か特別な事情があって、妃香さんに会っていたのかな。じゃぁ、私に嘘を吐くような特別な事情って何……?
昴生さんのことを信じている気持ちが半分。だけど、彼が妃香さんとこっそり会っていた理由を考え始めると疑惑が沸いてきて、思考が同じところでぐるぐる回る。
今日は金曜日だから週末のあいだはこのビジネスホテルに身を隠していられるけれど、月曜日には仕事に出なければいけない。
職場に行けば、必然的に昴生さんに見つかる。
スーツケースには数日分の衣類しかないし、どうせ長くは家出もできない。
母も祖母も亡くなっていて身寄りのない私は、結局昴生さんと暮らしていた家以外に帰る場所がないのだ。
気持ちが落ち着いたら、家に戻って昴生さんと話をしないといけない……。それが、私のあまり聞きたくない話だったらどうしよう。