彼と私のお伽噺




 勢いで昴生さんの家を飛び出した私が、行き先として思いついた場所は昔祖母と一緒に暮らしていたアパートがある街だった。

 電車に一時間ほど揺られて、かつて暮らしていた家の最寄り駅で降り立つと、急に懐かしさが込み上げてくる。

 都会ではないが田舎でもない。生活するのにちょうどいい便利さだったその街は、駅前の商店に多少入れ替わりはあるものの、私が住んでいた五年前とほとんど変わらなかった。

 駅から五分ほど歩いた場所に、私がこの街を出る頃にリニューアルされたビジネスホテルがある。

 飛び込んで聞いてみたら、シングルの部屋が空いていて。とりあえず、週末の二日間は泊まれるように部屋を押さえてもらった。

 部屋が決まると少し安心して、急にお腹が空いてきた。

 スーツケースを部屋に置くと、駅前のコンビニに戻って夕食と明日の朝ごはん、ペットボトルのお茶を数本買ってくる。

 夜九時のニュースを見ながらコンビニのお弁当を食べ、ホテルの部屋のユニットバスにお湯を張って身体を沈めると、ようやく頭が冷静になってきた。

 オフィス街のカフェで昴生さんと妃香さんが待ち合わせしているところを見かけてパニックになって突発的に家出してきたけど、これからどうしよう。

 帰宅した昴生さんは、少しは私のことを気にかけてくれるだろうか。それとも、黙って家を飛び出したことを怒るだろうか────?

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