冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~

11 魔物の巣窟


 ティララはひとり部屋の中で打ちひしがれていた。

 魔族に見せたくないって言われちゃった……。私、このまま監禁されちゃうのかな? 

 そう思ったら悲しくて、スンと鼻が鳴る。
 ティララはもともと涙腺が弱い。
 そのうえ、子供の体に引きずられるように、感情の制御が難しくなっていた。
 大きな窓の前まで行って、カーテンを開けた。

 十三夜の月が浮かんでいる。
 先月のサバトの夜とは違い、金色の月だ。
 木々の根元がところどころ光っている。ヒカリゴケだろう。
 魔王城の庭には、蛍のような光が飛んでいる。

「こんなきせつにほたる……?」

 この世界の一月は、人間界と同じ冬である。
 不思議に思ってよく見れば、蛍ではなく妖精だった。
 憧れていた世界は、本当に美しい。

 ティララが窓に張り付いて目を凝らして見ると、赤い小さな光がそこかしこに蠢いている。
 夜は魔物の時間だ。魔族たちが活発に動いているのだ。

 そっか、魔族は夜活動することが多いんだもんね。

 ティララは俯いた。

 パパだって、ベレトだって、本当は昼間起きていたくないよね。

 魔族の多くが夜に活動するため、彼らを統べるエヴァンは夜に仕事をする。
 ベレトは日の光が苦手だ。
 それなのに、エヴァンやベレトは、ティララに付き合って食事を取るため、昼間に起きていてくれる。

 私、本当に邪魔者だよね。夜には眠くなっちゃうし、魔法も使えない……。
 なにか欲しいと思えば、パパが奪ってくるって言うし。
 人間にも迷惑かけて。
 私の血のせいで、結局パパも退治されちゃう。

 ツンと鼻の奥が痛くなる。

 部屋から出るのが禁止なのも、魔族らしくない私が恥ずかしいから……。

 熱い涙がポロリと転がった。

 みんなのお荷物で迷惑で、生きてる価値、ない。

 一度零れてしまった涙は、止めどなく溢れてくる。
 柔らかな頬を光の雫がコロコロと転がり落ちていく。

 ティララは窓辺にへたり込み、ひとしきり泣いた。

 泣いて、泣いて、涙を拭うと立ち上がった。

 それが事実だとしても、泣いてどうなるの?
 マンガのストーリー通りに死ぬなんて絶対嫌。
 メソメソなんかしてないで、パパにとって役に立つ娘になるしかないじゃない!

 そして、パンと頬を挟んで気合いを入れる。

 しっかりしなさい、ティララ!
 まずはパパにごめんなさいって言おう。
 わががまま言ってごめんなさいって。

 ティララはシーツをかぶり、身を隠した。
 父にとって見られることが恥ずかしい娘なら、見られないようにすれば良いと思ったのだ。
 そして、部屋のドアを押した。重いドアである。体重をかけて押し、隙間から外へ出た。

 廊下にはスライムたちポヨポヨと跳ねていた。
 その様子にティララは少し癒やされる。
 小さなスライムたちが、ティララを見てピィピィ鳴くと、スラピがティララのもとへやってきた。

「ピィィィ?」

 スラピがティララを見て心配そうに鳴いた。

「うん、ちょっと、ないちゃった。でも、もうだいじょぶよ」

「ピィピィ?」

「しつむしつってどこかしってる? パパにあいたい」

「ピィ」

「いっしょにいってくれるの?」

「ピィ!」

 魔王城の中は、自由に歩けるスラピのほうが詳しかった。
 スラピが先に立ち、執務室に向かって歩いて行く。
 魔王城にきてから、大きさと重量感を増したスラピの背中が頼もしい。
 エヴァンから与えられた王冠も似合っている。

 スラピとティララがポヨポヨポテポテ歩いている姿を、魔族たちが舐(な)めるようにして眺めている。

「シーツお化けかと思ったら、なんだ、お姫じゃないッスか」

「甘い、匂い。泣いた、匂い」

「あれ、人間だろ」

「幼女だ、幼女」

「あの肉、柔らかいんだろうなぁ」

 ため息交じりの呟きは、シーツでグルグル巻きになったティララには届かない。

「おーひーめー!」

 ティララは呼び止められて振り返った。
 人狼のグループだった。
 ボサボサとした赤茶けた髪の人狼が、ティララに話しかける。
 若い雄グループのリーダーだ。

 ニヤニヤした笑顔を向けられて、ティララもニコリと笑って頭を下げた。

「かぁぁぁわぁぁぁいぃぃぃッスねぇ」

「良い、匂い。良い、匂い」

「ひめたまひめたまひめたま」

 ティララはギョッとして、思わず固まった。

 廊下の角をスラピが曲がる。ティララはそれを見て慌てて追いかけようとした。

 その瞬間、ティララを遮るように人狼のリーダーが立ち塞がった。

「どこいくッスかー?」

 ティララは思わずあとずさる。

「ぱ、パパ……のとこ」

「パパ、パパだってよぉ!」

 声を張り上げるように言われて、ティララはビクリと震えた。

「あれー? もしかしてー、こわいッスか?」

 ニヤリと笑う人狼。尖った爪がティララに伸びてくる。

 ケガしたら、青い血だってバレちゃう!

 ティララは思わず、人狼の手を払った。

「はぁ? なにさまだよ。きたばっかりのくせによ」

 人狼は不機嫌そうに吐き捨てる。

「こんなに人間くさいくせに、魔王様の娘だなんて嘘つきが!」

 吠えるような人狼に驚いて、ティララは咄嗟(とっさ)に反対方向にかけだしていた。

「逃げたぞ!」

「逃げた逃げた」

「追いかけろ!」

 ワイワイと楽しそうに人狼がティララを追ってくる。五歳児の足は遅い。
 とても人狼から逃げられるはずもない。
 しかし、人狼たちはそれを面白がって、シーツを引っ張ったり、転ばせたりする。わざと捕まえずに走らせる。

 ティララはそれでも必死に走った。
 目を擦って相手を知る隙もない。
 肉食獣の子供に、狩りの練習のようにもてあそばれる草食獣のようだ。

 ハアハアと息を切らして、ティララは壁を背にして立ちすくんだ。
 よく知らない宮殿の中を闇雲に走り回り、突き当たりまで追い詰められてしまったのだ。

 バクバクとする心臓を押さえ、ティララはぴったり背中を壁に押しつけた。
 どれだけ背中で壁を押しても、それ以上は下がれない。

 どうしよう。青い血を知られたら、身の破滅だ!

 恐怖で体中が震えこわばり、握り絞めたシーツを離すことができない。
 目を擦ることもできなかった。



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