冷血帝王の愛娘はチートな錬金術師でした~崖っぷちな運命のはずが、ラスボスパパともふもふ師匠に愛されすぎているようです~

33 パパは娘を尾行する


 エヴァンは今、自分に目くらましの魔法をかけティララのあとをつけていた。

 昨夜の暴風が嘘のように晴れ渡る昼下がり。
 魔王城のカーテンからもキラキラとした日差しが漏れて入り込んでいる。

 ティララは赤いワンピースに白いエプロンを着け、頭に赤い頭巾をかぶっていた。
 腕には籠を下げている。

 ティララは今日も可愛いな。
 しかし、その格好ではオオカミに食べられにいくようなものだ。

 エヴァンは可愛らしい娘が心配でたまらない。

「きのうのおおあめがうそみたいね」

 ティララがルゥに話しかける。ティララの肩に乗ったルゥが頷く。

「ママ、昨日の夜こわかったね」

「怖かったね。でもルゥがいたからだいじょぶ!」

 ティララを怖がらせてしまった……。これからは気をつけなければ。

 ふたりの会話を聞いて、エヴァンはシュンとする。
 昨夜の暴風雨はエヴァンの魔力の暴走が原因だったからだ。

「ボクがいるからだいじょぶ!」

 ルゥはそう言って、ティララの首をクルリと回ると、フと動きを止めた。
 そして、見えるはずのないエヴァンを見つめて小首をかしげた。

「じぃじ……」

 ルゥが呟き、エヴァンはギクリと動きを止めた。

 さすが守護聖獣。俺に気がついたか。これならティララも安心だな。

 感心しつつ、シッと指を立てる。
 ルゥはクスリと笑い頷いてから、見せつけるようにティララの頬に頬を寄せた。

「どうしたの? ルゥ」

「ママ、だーいすき!」

「わたしも、ルゥだーいすき!」

 ティララはルゥに頬を寄せスリスリとした。

 ふたりの仲睦まじい姿に、エヴァンは思わず歯ぎしりする。

 くぅ! カーバングルめ! 羨ましい……。

 ギリギリと睨みつけるエヴァンにティララは気付かず、魔王城宮殿の扉を開けた。
 扉の近くにはケルベロスが眠っている。
 ティララが魔王城に住むようになってから、警備のためにエヴァンが配置させたのだ。

 ケルベロスはティララに気がつき、起き上がった。
 尻尾をブンブンと擦り、ハッハとティララへ飛びついてくる。

 犬のくせに馴れ馴れしい。

 エヴァンはムッとした。

「きょうもおしろをまもってくれてありがと」

 ティララはケルベロスの三つの頭を順繰りにヨシヨシした。ケルベロスは満足そうだ。

 しかし、ティララはケルベロスまで手懐(てなず)けているのか……。

 エヴァンは感心する。

 ティララはケルベロスとひとしきり遊んだ後、魔王城の庭を散策し始めた。
 庭とはいえ、とてつもなく広い。
 城門から、城のエントランスに向かう馬車道は四本あり、最短でも三十分はかかる。
 最長では永遠だ。
 悪戯好きの魔物や妖精たちが住む森なのだ。
 迷い込んだら最後、二度と帰れないこともある。

 ティララは王女として認められているため、襲われることや迷うことはないのだが、エヴァンはそれでも心配なのだ。

 魔王城の庭にはたくさんの草木が生い茂っている。
 ティララは林の小道に入って行った。
 土の上に張り出したエンジュの根に、ティララがつまずき転びそうになる。

 エヴァンが慌てて駆け寄ろうとすると、カーバングルのバリアがほんのりピンクに光り、ポワンとティララを包み込んだ。
 地面に足が着く前に、ピンクの空気がクッションになる。
 膝を突いたティララだったが、土汚れ一つ付かなかった。エヴァンはホッとする。

 あれならティララが血を流すことはなさそうだ。
 それにしてもエンジュの木め。
 あとで切ってくれよう。

 エヴァンが決心していると、エンジュの枝が下りてきて、立ち上がるようにとティララに枝をかす。

 ティララはエンジュに礼を言う。
 すると、エンジュからリスたちがスルスルと下りてきて、ティララの籠に豆のような実を入れていく。

「ありがとう。でも、けがしてないからだいじょぶよ」

 そういえば、エンジュには止血の薬効があったな。

 エヴァンは感心した。
 ベレトからティララは賢いと聞いてはいたが、目の当たりにして少し驚いた。
 ここまでとは思っていなかったのだ。

 ティララはリスたちにクッキーを分け与えた。
 そして、エンジュの木をヨシヨシとさする。
 エンジュの木は満足げにティララを離した。
 ティララに撫でられたエンジュの木は、生き生きとして緑の葉がキラキラと日差しを反射した。

 ウサギや、リス、小鳥たちがティララの周りに集まってくる。
 小さなスライムやケサランパサランもいる。
 ティララはそれらと戯れはじめた。

 なんだ、彼氏などではないではないか。インキュバスのやつ。

 エヴァンは腹を立てつつも、ホッとした。

 しかし、たしかに、これは楽しいのかもしれんな。

 エヴァンは納得する。
 自分の膝の上に座るビスクドールのようなティララを思い出した。
 従順でおとなしい姿も愛らしいが、昼の日差しの中で子供らしい笑顔で駆け回る姿は眩しかった。
 上級魔族に囲まれているときには見せない顔だった。

 これだけ魔物たちに愛されていれば、心配はないのかもしれん。
 林の木々さえティララを守っているのなら怪我をする心配はないだろう。

 そう思いつつも、ティララの『おきして』がなくなるのは淋しい。

 ……しかし、三回の内の一回だ。ここは俺が我慢すべきなのだろうな。

 母を亡くし、慣れない魔王城で恐ろしい魔物たちに囲まれて過ごすティララ。
 周囲の多く昼夜逆転の生活で、淋しい思いもしているだろう。
 なんの不満も言わないが、たくさん我慢をしているに違いない。

 ベレトも聞き分けが良すぎると心配していたではないか。
 少しは大目に見てやらねば。ティララに嫌われたら元もこもないのだしな。

 エヴァンはグッと拳を作り、渋々ながら納得した。そしてクルリときびすを返す。

「きょうじゅー!!」

 その瞬間、ティララが喜びの声を上げた。
 エヴァンは慌てて振り返る。
 そこには、面倒くさそうな顔をした黒毛のケット・シーが立っていた。
 ティララはケット・シーに飛びついた。
 もふんと、大きな体が揺れる。もふもふの尻尾がクルリとティララを抱きかえす。

 どうやら、このケット・シーを『教授』と呼んでいるようだ。

 エヴァンは衝撃のあまり固まった。

 ティララが……ティララが、自分から抱きつくだと!? 

 カッとなって、ゴロと雷が鳴る。
 ルゥがキュッとティララに抱きついた。

「ママ、だめ」

「どうしたの? ルゥ。あれ? あめふりそう?」

 ティララが空を見上げて、エヴァンはハッとする。

 落ち着け。
 あれはケット・シーだ。猫の妖精だ。カーバングルと同じだ。
 気にすることは断じてない!!

「どしたの?」

 教授は、腹毛に顔を埋めていたティララを雑に引き離し、抱き上げた。

「エンジュが光って見えたから見に来てみたニャ……。やっぱりお前ニャ」

 教授の雑な扱いにエヴァンはムッとする。

 ティララは魔族の王女。俺の娘だぞ!? それを「お前」だと!? 

 しかし、ティララ自身は気にするでもなく、教授の顎の下をナデナデしていた。
 教授の喉がゴロゴロ鳴り、気持ちよさそうに目を細める。

 なんと破廉恥な!!

 ゴロ、また雷が鳴った。
 ティララが不安そうに空に目をやる。
 ルゥはティララを引っ張った。

「ママ、」

 ゴロゴロと雷がルゥの声をかき消す。
 ルゥはエヴァンを見た。
 エヴァンは鬼のような形相でルゥをにらんだ。
 ルゥは恐怖で固まった。
 さすがのカーバングルでも、魔王には太刀打ちできないのだ。

「へんなてんきね?」

「ああ、昨夜から不安定だニャ」

 エヴァンは慌てて深呼吸し、心を落ち着かせる。

「で、やっぱりってどゆこと?」

「ティララ、エンジュになにしたニャ?」

「ナデナデしただけよ? たくさんきのみをくれたから」

 籠いっぱいのエンジュの実を見て、教授は満足げに笑った。

「エンジュが喜んでキラキラしてたニャ」

「キラキラしてたの?」

 ティララがエンジュの木を見上げると、エンジュはサヤサヤとその枝を振った。

「さて、そろそろ行くニャ。今日は『水脈導く珠』の総仕上げニャ!」

 ふたりは連れだって、『魔道具の墓場』へ向かった。
 ルゥはチラリと後ろを振り返る。
 そこにはもうエヴァンの姿はなく、小さな胸をなで下ろした。
 


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