契約婚と聞いていたのに溺愛婚でした
「今は言えない」
 いないとは死んでもな!

「ふぅん……綾奈ちゃん、少し待ちましょう。しばらく経ってもそんな話がなければ、お母様が責任を持ってこのお話を進めてあげる」

「おい! 了承はしていないからな」
 ふふっと笑った木崎の声を聞きながら、槙野はよれよれになりつつもバーを後にしたのだ。

◇◇◇

 槙野はここのところ寝つきが悪い。
 寝つきだけではない。よく寝れない。眠りが浅いのだ。

疲れているはずなのに真夜中に変な汗をかいて目が覚めることもある。

(やはりあのインパクトは強すぎた……)

 そんな折に客先に訪問をして会社に帰ってきたら、受付で見たことのある姿を目にしたのだ。コンペの時の女性社長だ。
確か椿美冬(つばきみふゆ)といったか。

 焦げ茶色のロングヘアと、紺色のピンストライプのスーツにクリーム色のブラウスを合わせているのがよく似合う。

 あの時は頼りないような気もしたが、こうして見るとさすがにアパレルの社長だなという気がした。

「あれ? えーっと……」
 そんな風に声をかけたら、ぎょっとした顔で彼女は少しだけ後ずさった。
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