三次元はお断り!~推しが隣に住んでいまして~
「舞台お疲れさまでした、の気持ちを込めてみました」

 そうしてダイニングテーブルの上、一人分だけセットされた夕食を前に、累さんは目をきらきらと輝かせている。

 片手にぎゅっとスプーン握り締めてるとか、かわいい。かわいいの極み。かわいすぎてどうすればいいの。ううっ、お写真一枚いいですか! これは映像に残すべき人類の至宝……!!

……なーんて言えるはずもなく、頬の内側の肉を噛みながら笑顔を保つわたし。
 毎回これなので、そろそろ口内炎だらけになりそう。

「うん、やっぱりいいにおい」
「お好きですか? 良かったです。冷めないうちにどうぞ」
「いつも遅い時間にごめんね。……頂きます」

 夜の舞台は午後六時半開演、三時間超の公演で終わるのは九時半前後。
 そこから着替えて、メイクをオフして、控え室を片付けたり挨拶したりなんだかんだ。
 現在時刻、もうすぐ午前0時近く。……本当に大変なお仕事だと思う。

 と、そこまで考えて、はたと気付いた。

「今日って大千穐楽でしたよね」
「ん? うん。おかげさまで」

 あーん、と大きな口を開けてシチューを運びながら、累さんが答える。うん、顔が良い。

「打ち上げとか、良かったんですか?」
「あ、今ね、このご時勢だし。皆、明日も仕事あるから、また後日改めてってことになってるよ」

 終演後、ケーキとかは出て皆で食べたけど。と言いながら、むぐむぐライスを咀嚼している。

「そうなんですね。あの、わたしのことは気を使わないでくださいね。いらなくなっても冷凍とかでわたしの明日のごはんになるだけなので」

 いつもそうやって作り置きとかにしているし、と続けると。

「うん、ありがとう。……でもスズちゃんのごはん、美味しいから。いらなくなることはないよ」

 ピクルスをぽいっとおくちに放り込んで、累さんはにっこり笑った。

「今だって、夕方に一度お弁当は食べてるんだけど……昼公演のあとにね。美味しくて美味しくて」

 いやそれは夕方五時とかに食べてそのあと動き回ったらお腹が空くからでは。
 ウヘヘでもやっぱり嬉しい。褒められて悪い気になんてなるはずない。

「あ、おかわり要ります?」

 そうして、言動に違わずあっという間に空になるお皿。ご褒美です!!

「いつもごめんね。ありがとう。……ホント、俺、がっつきすぎだよね。恥ずかしいな」
「いえだからご褒美です」
「ご褒美?……ハハっ、おかしいでしょ。作ってくれたのスズちゃんなのに」
「作ったからこそ、たくさん食べて貰えるのってご褒美なんじゃないですか?」

 そういうものかな、と累さんは首を傾げてる。そういうものです!
 くすくす笑いの累さんを背に、キッチンへひとっ走り。いや走らないけど。

……累さん、口数が少なくて表情もあんまり変わらないクールな俳優さん、のはずだったんだけどなあ。別にキャラ作ってるって感じでもなかったし。
 なのに何だろう、お会いしてからこのかた、ずっとにこにこしてるしちゃんと会話してるよね……。よく話しかけてくれる、というか。

 気を使わせてるのかな、別に喋らなくても気にしないのにな。わたくしめごときモブの下働きはいないものと思って下さって結構ですよ、いや本気で。

 ごろごろお肉のビーフシチューは、二皿目も見る見るうちに減っていった。

「スズちゃん本当にお料理上手だよね……」

 累さんはしみじみ呟きながら、ガッ、と大きくお口を開けて、ごはんを食べる。
 ダイナミック。

……累さんておっきいんだよね。公式プロフィールによると身長は187センチ。
 156しかないわたしとは、31センチも違う。大人と子供かよってぐらい違う。

 だからかな。
 撫でてくれる手も、片手で顔の半分すっぽり入っちゃいそうなほど大きいし、食べてる時のおくちも大きい。

 ガッ、てひらいて、ばくって大きいスプーン山盛りのごろごろお肉を、二つ三つ、一気に危なげなく放り込んじゃう。
 すごいな。
 だけど食べ方は綺麗で、まあほっぺは片方それなりに膨らむんだけど、静かで、唇もしっかり閉じてて、スプーンを操る指先とかも。所作って言うのかな、そういうのがとっても綺麗。

……累さんはどっちかというと、俳優さんの中でも特に何というか、男らしい男の人、で。
 骨格もがっしりしてるし、大きいし、雰囲気もワイルドよりだし。

 だけど、やっぱり浮かんでくる形容詞は「きれい」だ。

 とても綺麗な、夢のような男のひと。……これは国で守るべき。めっちゃ財産、人類の至宝だよ。

「……どうかした?」

 食べる姿にうっかり見惚れてしまったわたしに、ふ、と累さんが顔を上げた。

「あ、いえ」

 えへ。
 推しがあんまりにもかっこいいので目が幸せ。わたしはにへらと笑った。

「おいしそうに食べて貰えて、嬉しいです」

 と、累さんはムッ、と小さく唇を尖らせて。

「おいしそう、じゃないんだよ。美味しいんだよ、ものすごく」

 ちょっと不満そうに、そんなことを言う。
 ひーーーーーーん!
 推しが! 尊くて!! 今日もわたしは瀕死です……!!

「もうね、毎日食べたい。これからずっと」
「ふふ。ありがとうございます。毎日作りますよ!」

 累さんホントやさしいんだなあ。
……わたし別に、料理が趣味とかじゃないから、本当に、手の込んだものとか作ってる訳じゃないんだよ。

 ついったで流れて来たレシピとか、たまに雑誌買ったりとか、そういうのをアレンジしたり手抜きしたりしながら作ってるだけ。家庭料理未満だと思う。
 そもそも自炊とか作り置きとかし始めたのだって、まとめて作っておいて小分けにしておけば、原稿書く修羅場の時とか推しのイベントがあって時間がない時とかに、何とか食事抜きを回避するためだったんだし。

 そんな料理をさ。
 毎回こんなにおいしいおいしいって食べてくれる累さんのやさしさこそが、プレミアムでプライスレスだよ……!

「あ、でも、明日からスケジュール変わりますよね」
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