スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
私はその低い声に気がつき立ち上がった。
「あっ、啓一郎さん」
「遅くなったね、紗雪。……ところで、そこの彼は?」
啓一郎さんはいつもと同じような優しげな表情で長谷川くんへと顔を向ける。
だが、なんとなく機嫌が良くなさそうだと感じたのは私の気のせいだろうか。
もしかして啓一郎さんを置いて勝手に出てきてしまったことに加え、勝手に知らない人と楽しく会話していたことが気に障ったのかもしれない。
そんなことを思い、私は焦る気持ちを抑えながら紹介する。
「彼は長谷川達也くん。昔通ってたバレエスクールの後輩で……よくペアを組んで踊ってたんです。数年ぶりにこんなところであったからびっくりだねって話してて」
「ふうん、そうなんですね」
啓一郎さんは頷いた。
長谷川くんへと向ける視線の中になにか探るようなものを感じる気がする。
「瑠璃川センパイ、この人は?」
今度は長谷川くんから問われる。
私は啓一郎さんを紹介しようとするが。
「どうも初めまして。紗雪の夫の蓮見啓一郎です。……妻はすでに瑠璃川姓ではなくなってるので、これからは蓮見とお呼びください」
そう言って啓一郎さんは笑みを見せた。
長谷川くんは目を丸くする。
こんなに表情の変わった彼を見るのは初めてで、私の方が驚いてしまう。
「……つま……おっと……。センパイ、結婚したんすね」
「……うん」
「……そうっすか」
長谷川くんは動揺しているのか、少し声が震えていた。
私と長谷川くんは今まで一途にバレエダンサーの道を進んできた同志だった。
彼のことをそばで見ていた私は知っていた。
誰よりもまっすぐひたむきにレッスンに取り組んでいたことを。
そんなバレエ仲間であった私がなんの連絡もなくいきなり帰国、それに結婚までしていると知って動揺してしまうのも納得できる。
私も同じ立場であれば目を丸くして驚いてしまうに違いない。
「…………おめでとうございます。……オレ、そろそろ行くんで。さよなら」
そんなことを考えていると、長谷川くんはまるで逃げるようにしてこの場を去ってしまった。
その足の速さに私は瞠目した。