スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜
バレエ団は怪我で長く舞台に立てない私を在籍させ続けてくれるかどうかは分からない。
主演クラスのダンサーであればともかく、まだようやく役を貰い始めたばかりのひよっこの私。
このパリで二度とバレリーナとして舞台に立つことはできないかもしれない。
けれど──またいつかどこかで復帰できたら。
「瑠璃川さん」
「……?」
蓮見先生が名前を呼ぶ。
その真剣な表情に私の心臓はどくりと跳ねる。
もともと非常に整った顔立ちをしている蓮見先生は、この23年間バレエに対して一途に勤しみ続けた私にとって毒薬のような存在だ。
それほどまでに私には恋愛耐性がないのだ。
先程まで人生最大の不幸に身をひたし、涙を流していた私の脳はどこへ行ったのだろう。
「私と一緒にリハビリがんばりましょうね」
「は、はいっ」
反射的に顔を赤らめた私にくすりと微笑む蓮見先生。
乙女の複雑な心境を見抜かれたと思い、私は余計に顔を赤くした。
そしてそんな私に蓮見先生は右腕を取り──。
ちゅっ、とリップ音を響かせて指先にキスを落としたのだ。
急激に体温があがる。
フランスの男性は積極的であり、稀に手にキスをされることもあった。
けれど、それは挨拶だ。
日本人は元来童顔で、年齢より年下に見られることが多い。
私もよく子どもに間違えられることがあった。
実際はそれほど童顔ではなく、むしろ日本では大人びた顔立ちしてるよねと言われることの方が多かったのに。
つまり何が言いたいのかというと、手にキスをすることはフランスの──海外の男性には当たり前であるが、日本人にとっては当たり前ではないのだ。けれど蓮見先生は日本人。
全てわかってやっている。私が動揺してしまうことを知りながら。
激しく脈打つ鼓動とは裏腹に、蓮見先生は余裕を見せていた。
そして甘く、優しく囁く。
「…………俺の可愛い人」
小さく聞こえたその言葉に私は聞こえないふりをするほかなかった。