スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜


「あ、そうですよね。少し考え事をしていて……」

 私は赤らんだ顔を見られないように答えるのが精一杯だった。

「何かあったんですか?」

 私は誤魔化すように言葉を紡ぐ。

「ええと明日、バレエ団から呼び出しを受けて────」

「ああ、もしかして怪我の進捗ですかね。もうギブスも取れて、あとはリハビリに励んでいく予定ですから。カルテの方もバレエ団ようにお作りしますので、あとで渡しますね」

「ありがとうございます」

 ひとりぼっちだと思っていたが、私は蓮見先生のおかげで助けられていた。



 けれど──そんな蓮見先生の心遣いも虚しく。


 翌日、私はバレエ団にて退団を言い渡された。


 『あなたには才能があった。でも、この足じゃ、これからここでやっていくのは難しいの。これから毎年優秀な人材も入ってくるのに、あなたは指を咥えて待っていられる?』


 私はそう言われて返す言葉もなかった。
 前には優秀な先輩、後ろにはこれから伸びていく新人たち。

 きっと私は今以上に絶望するに違いない。

 答えられなかった私にバレエ団は幾ばくかの退団金と、そして日本で活躍するつもりならばと何人かのツテを紹介された。

 そして、私のパリでの夢は本当の本当に潰えた。

 私はそのまま当てもなく歩いた。
 まだ歩行もうまく出来ないため、松葉杖をついて。

 気づけばよく知る場所にいた。
 ここパリで唯一頼れる人の近く──入院していた病院だった。

 私は駐車場付近のベンチに腰を下ろし、遠くを見ていた。
 冷たかった風が今では少しずつ暖かくなり、心地よい天候だった。

「────あれ? 瑠璃川さん?」

 優しく暖かい人の声が聞こえる。

「…………蓮見、先生」

 ようやく絞り出した声は掠れていた。

「一体どうされたんですか? 今日はバレエ団のところへ行くって昨日仰ってましたけど……」

 蓮見先生は目を瞬かせ、私の隣に腰掛ける。
 私はぼんやりとした頭で口を開いた。

< 7 / 141 >

この作品をシェア

pagetop