こんなにも愛しているのに〜私はましろ
しかし
待っていた赤ちゃん
弟は生まれてこなかった。

その時
母は多分壊れてしまったのだと思う。
私は
自分が少しでも生まれてこない方がいいなどと
思ってしまったため
神様が怒って弟を取り上げたのだ
と思った。

壊れた母の姿などは
はっきりと覚えているのに
同じく壊れた自分のことは
よく覚えていない。

理恵おばさんに抱きしめられていたのは
覚えている。
慌ててやってきたのであろう
おばあちゃんのそばを離れられなかったのも
覚えている。

あの押しつぶされそうな罪悪感に
起きていても苛まれ
寝ても悪夢にうなされ
とうとう
これは異常だと気づいた母方の祖父母が
ゆっくりでいいからね
と優しく気長に
私が話せるまで待ってくれ
ようやく
私も自分の気持ちを言えることができたような
気がする。

私は自分がかつて抱いていた
恐ろしい事実を
祖父母に告げた。

『私が生まれてこなければいいなんて
思ったから、神様が怒って連れて行ってしまった。
私のせいなの。
赤ちゃんが生きていないのは私のせいなの!』

きっと
小学校一年生だった私は精一杯の勇気を
振り絞って懺悔していたのだと思う。
それは
はっきりと記憶にある。

あとは
祖母が泣いて抱きしめてくれたのと
祖父が私のせいではないと
やっぱり泣いてくれていた以外は
靄の向こうの出来事のように
おぼろげにしか覚えていない。

祖父母は
『ましろのせいでも
お母さんのせいでもなく、きっと、神様が
早くから天使にほしいと思って、連れていかれたのだと思うよ。

そういう赤ちゃんは生きている私たちからしたら
とても悲しいことだけど、初めから天使になるのが決まっていた
特別な赤ちゃんなんだよ。』

当時の私には悲しいけれど納得がいく答えを
教えてくれた。

天使になった私の弟。

私はずっとそう思っている。

壊れた母は、祖父母と理恵おばさんのサポートのおかげか
周りのみんなは私の存在が
母を立ち直らせたと言っていた。

でも
やっぱり以前のような母ではないと、私はぼんやりと思っていた。

その時父はどこにいたのだろう。

私は後で気づく。

母が以前のような母ではなくなったこと、
父と母が私が知っている
以前のような両親ではなくなっていたことに。
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