冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
同じ空間にいるのが苦痛だったのか、彼は早々に近い階のボタンを押して、予定より早くエレベーターを降りて行く。
閉まる扉の向こうに消える背中は、一度もこちらを振り向かない。
ど直球な拒絶だ。まさか、下心があって声をかけたと思われた?
確かに、仕事中の彼に、職場で一方的な話題を振ったのは失礼だった。それでも、もう少し言い方ってものがあるだろう。
一番ショックだったのは、彼が私を少しも覚えていないことだった。
ニューヨークでの一件は、私にとって人生を変えるほどの出来事なのに、向こうは記憶のかけらも残っていない現実が悲しくて、胸が痛い。
ダイエットをして別人みたいに痩せたからわからなかったとか、五年経っているからとか、そんなものではなかった気がする。
彼はあの容姿と肩書きで、言い寄られる経験も多いだろう。私は、“いつものように声をかけてくる品のない女のひとり”としてカウントされてしまったのだ。
勇気を振り絞っただけに、恥ずかしさと後悔が込み上げて心が乱れる。
こんな再会のはずじゃなかったのに。王子様は、私が描いた幻想だった。
あの頃の久我さんは、もういないんだ。