冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした

 やがて、スイートルームの前に立ち止まった。重厚なブラウンの扉に、アンティークのような雰囲気の金のドアノブと鍵穴が付いている。

 この奥に久我さんがいる。

 鍵を持った指が震えて、扉が開けられない。はじめにノックをした方がいいのかな。


「ずっと、そうしているつもりか?」


 緊張が最高潮に達したとき、頭上から声が降ってきた。

 ストライプの入ったネイビーのスーツを着こなした背の高いシルエットが、廊下に影を作っている。

 隣に立つのは、肩幅ほどに足を広げ、クールな表情で腕組みをした久我さんだ。

 昨日、冷たくあしらわれたからだろうか。睨まれていなくても、つい身構えるほどのオーラを感じる。


「怖がらないでくれ。取って食いはしないよ」

「そんな心配はしていません。なんのつもりで呼び出したんですか」

「ただ、話がしたかっただけだ。鍵はひとつしかないから、君が開けてくれるか」


 自分から罠にかかりにいく草食動物になった気分だ。底知れない相手のテリトリーに、自ら入るように促されている。

 ただ話すだけで、スイートルームをわざわざ借りるもの? 従業員用のミーティングスペースとか、ラウンジとか、場所はたくさんあるはずなのに。

 わざわざふたりきりなんて、よっぽど周りに聞かれたくない話題なのかしら。


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