冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
冷たくて怖い表情を知っているだけに、怒られるんじゃないかって少し怯えていたけれど、案外素直に受け入れてくれた。
もしかして、本心を見せない孤高のカリスマ気質に見えて、実は押しに弱いタイプなのかな。
「無理を言ってごめんなさい。ゆっくり休んでね」
そろそろ職場へ向かおうと、声をかけて背を向ける。
そのとき、ふいに袖を掴まれた。
引き止める仕草に驚いて振り向く。眠りに落ちかける目はとろんとしていて、甘えているのだと錯覚しそう。
「な、何?」
声が震えた。椿さんの心が読めない。
「ひとつだけ……謝らないといけないことがあった」
「謝らなきゃいけないこと?」
「藍のグロスを、一本だめにした」
予想外のセリフだ。心なしか、悪さをした犬みたいにしょんぼりしているのが珍しくて、ついまばたきをする。
「どういう意味?」
「ニューヨークに発つ前、メイクポーチを貸してくれただろ? 別れ際に言ってたコンシーラーがどれかわからなくて、適当に開けたら全部テーブルにぶちまけた。見てたスタッフが、それはグロスだって」