エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
今日は、まだ調子がいい。
でもひとつだけ買うとか……ちょっとな。朔にも買って帰ろう。食べなかったら、明日の朝のパンにしてもいいし。
思い切って中に入ってみる。木目調のあたたかな雰囲気の店内はパンのいい香りで満たされていた。古い店構えに比べ、中はわりと新しい印象を受ける。いるだけで気持ちがほかほかして、不安な気持ちを押しのけていった。
「いらっしゃいませー」
奥のレジに立つ恰幅のいい中年女性が私に向かって笑顔とともに元気な声を飛ばしてくる。私は小さく会釈して、ドア横に設置された台からトレイとトングを手に取った。
どうしよう、ここは王道のクロワッサンか、栄養を考えたらサンドウィッチ。でも、素朴なアンパンもいい。
急に食欲が出てきたようなわくわく感で胸が躍る。いつもは食べ物を見てもそこまで食欲が出ることはない。ひどい時は食べ物の匂いも受け付けないくらいだったのに。今日はすごく調子がいい。
棚に並んだパンはどれもがおいしそうに見えて迷いながら、結局クロワッサンと朔用にアンパンをトレイに載せてレジに並んだ。
「ありがとう。また来てね」
お代を払って紙袋を受け取る時にまた女性がにこっと太陽みたいな笑顔をくれる。自ずとこちらも笑顔になって、私は小さく頷いて店を後にした。
帰りにまたオーガニック食品が多いスーパーに寄って、紅茶のティーバックを買って帰った。
ポットでお湯を沸かして、大きめのマグカップに紅茶を作る。ダージリンの香りがほわほわと湯気に乗って広がる。クロワッサンを一口齧る。サクサクの生地の層を食むとバターの味がほのかにする。そして、紅茶を啜る。
「はぁ、おいしい」
いつも家での食事は味気ない感じがした。別に母親の料理がまずいわけではない。ここは自由な感じ。誰にも咎められていない高揚感。実家にいた時は、無職になり肩身の狭い気分が味覚も鈍らせていたのだろう。
それも、パンひとつで十分おなかが膨れた。欲張って買いすぎなくてよかった。
「眠気が……」
食器を片付けてソファーに座ると、瞼が重くなってくる。満腹とともに昨日夜更かしした皺寄せが来た。
洗濯ものそろそろ取り入れて、夕飯の準備も……。
しないといけないことが浮かぶのに、ゆらゆらと揺れる視界が頭の動きさえ鈍らせる。
久しぶりに連続で外に出たから。
萌の結婚式から状況の変化が著しくて疲労がたまっていたようだ。少しの散歩で身体が音を上げる。
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