エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
でも、たまに朔から知らない香水の匂いがする。女性物のような甘い香り。里見さんかもしれないと思うと鉛が詰まったみたいに胸が苦しい。
幸せに比例するようにこうした苦しさも積もっていく。
「雨降ってきたな」
「あ、ほんとだ」
混雑する時間を避けるため三時前に電車に乗ったところだった。雨がポツポツと走る車窓に当たり、斜め方向に軌跡を描く。
「天気予報だったら夜だったのに」
「早く帰ることにして正解かもな」
私の体調を考えて早めの時間にしてくれたのに、全然そういう素振りを見せない。不器用なのにこういうところは器用な朔に何度も救われている。
「傘持ってこればよかったね」
最寄駅に着いた時には雨脚が少し強くなりだしていた。ただ、タクシーを使う距離でもないし、この雨だと傘無しでもギリギリ行けそうだけど……。
「傘買うか」
「いや、もったいないよ。走ったらいけそうじゃない?」
「身体大丈夫か?」
「うん、マンションまでなら走れるよ。たまには私も運動しないとね」
ふんっと拳を握ると朔は一瞬逡巡した表情を浮かべた。それもすぐに収めて私の手を取る。
「んじゃあ、行くぞ」
ふたりで雨降る天の下へと踏み出した。
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