エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
手を繋いで先を走る朔。
たまに振り返って私が大丈夫か確認してくる。
高校の時とダブる。息が上がっていくのは走っているせいだけじゃない。頭上から打ち付けてくる冷たい雨も関係なく、身体が熱を帯びていく。
誰もいない道は今私たちだけのもので、よりこの空間が特別なものに思えてくるなんて重症だ。
マンションのエントランスに走り込んだ私たちは見事にずぶ濡れだった。私たちが走り出してから狙ったかのように雨足が強くなって、今、外は雨のカーテンが引かれたみたいな土砂降りだ。
「はぁ、なんだこれ、詐欺じゃねぇか」
「ごめん、あの時傘買えば……」
「いや、あの時はまだ小雨だったし、俺も予測してなかったから気にすんな。それより風呂入らないと風邪引くな」
朔はそのまま私の手を引いて、マンションのオートロックを外しエレベーターへ。狭い籠の中に入ると、途端に自分の心臓の音が大きく聞こえる気がして、無意味にぐっと息を殺す。でも、そんなことしても心音が収まるわけでもなく、ただ息苦しくなるだけだ。
逆に酸欠でクラッとしたところでちょうど部屋がある5階に着いた。
エレベーターから内廊下を歩いて奥の部屋が私たちの住むところ。朔は早歩きでそこまでいくとさっと鍵を開けた。
私がショートブーツを脱いでいる間に朔は浴室に行って、タオルを私に差し出す。
「ありがとう」
「今風呂に湯張ってるから、お前先入れ」
「え、いいよ!朔だって濡れてるし」
「俺は身体が丈夫だから」
「ちょっと前に熱出してたじゃん!」
「あれは……たまたま三年に一度しか出ないやつに当たっただけだ」
「何、その法則……」
「いいから、入ってこい!また風邪引くだろ!」
ぐいぐいと背中を押して、洗面所に入れられた。濡れて重くなったコートを剥ぎ取られて、バタンと扉を閉じられる。
「またって……それはこっちのセリフ……」
あまりの力技に呆然としていると、ふと思った。
もしかして、昔寝込んだこと、気にしてくれてる?
あれは別に朔のせいではないのに。むしろ私が遊びに誘ったのに。
でも、真面目な朔は気にしてそうだな。あとで訂正を……できるわけない!
私はガンっと壁に手をついた。だって、それは昔の行為もセットで呼び起こすということで、微妙な空気になったら居た堪れない。
「でも、朔にとってはただの過去なんだよね」
片想いの身としてはつらいけど、今一緒にいられる幸せを噛み締めないと。
コートがほとんど雨を吸い取ってくれて、下はあまり濡れていなかった。脱いだものを洗濯機に入れて浴室に行くと、ちょうどお湯が溜まったところだった。
朔を早くあたためないといけないから、一番にシャワーを頭から被り、さっと頭と身体を洗う。
お湯に浸かると溜息が漏れた。思ったよりも身体が冷えていたみたいだ。
もう11月も中旬で、だいぶ気温が秋らしくなってきた。日中はまだコートがなくてもいい日はあるけど、太陽が顔を出さない日は空気がじんわり冷たい。
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